まず報道資料が必要でEMIが用意したが、ビートルズは自分たちのを持つべきだとブライアンが感じ、トニー・コールドウェルTony Caldwell、通称「ディスカーDisker」に書いてもらった。ブライアンはビートルズ各人に目的と野望(結局は「金」になる)について質問を追加し、燃えるパイについての話などジョンの書いたものをいくつか編集した。なんといっても、ビートルズが大勢の中から抜きん出る必要があった。その後問題が生じたのだが、それはグラナダがキャバーンのフィルム映像を棚上げにすると言って来たのだ。これは、(モノクロの映像はとてもひどく、音もひずんでいたが、)ビートルズの落ち度ではなく、どちらかというと、グラナダTVがビートルズとブリッグハウス&ラストリック・バンドThe Brighouse and Rastrick Bandを天秤にかけたからだ。

このグループは総勢30人で全員にミュージシャン組合の基準で賃金を支払うことになったため、その通り払うと番組の予算が完全にパンクするのだ。その次に起きた障害は、ブライアンが対処可能なもので、ピート・ベストが『正当な理由のない不当な解雇』だとして訴訟を起こすことにしたのだ。

しかしこれが問題にならないのは、ピートがメンバーだったビートルズは、たとえ瞬間ではあっても解散し、新たなビートルズのパートナーシップがリンゴと形成されたのだ。

それどころか、このパートナーシップはネムズ・エンタープライズィズ・リミテッドNems Enterprises Ltd.とのマネージメント契約書に署名するもので、ブライアンとの関係性を強化し、特にブライアンに支払うパーセンテージが増加するのだった。

ブライアンは出演契約交渉エージェントとして活動しており、800ポンド以上の収入に対して最高25%という割合は、ビートルズがマネージャーと交渉エージェントという二者に支払っていないので、実は割安だった。そして、ピートは一時的にビートルズから離れ、リー・カーティス&オール・スターズLee Curtis and The All Starsに参加し、(ピートが困ったことに、このグループは、「ベストを獲得!元・ビートルズの素晴らしいドラマーだ」という広告をプレスで発表したため)苦境にあったグループの注目度を上げるのに役立った。

その後、すべてが良い方向に進んだ。10月5日、パーロフォンParlophone R4949の45回転シングルの「ラブ・ミー・ドゥLove Me Do」、その裏面「ピーエス・アイ・ラブ・ユーPS I Love You」が発売されたが、作者クレジットがビートルズの指示に基づいてブライアンが命じた『マッカートニー/レノンMcCartney/Lennon』ではなく、『レノン/マッカートニーLennon /McCartney』となっていたので、だれも喜ばなかった。


BBCは、このレコードのことを言及しようとしなかったが、ラジオ・ルクセンブルグは触れ、ビートルズがライブ演奏したその晩遅くなって、ラジオが「ラブ・ミー・ドゥLove Me Do」を高々と鳴らすと、ジョージGeorge Harrisonが両親の部屋に飛び込んで、「僕らが放送されてる、ほら」と叫んだ。
その後数日間、北イングランド中の人達が地元のレコード店に走ってレコードを買い、ネムズは人で溢れ返った。
ブライアンがネムズに到着した時に、レコード販売業者が車を停めて、ブライアンにレコードが箱単位で売れていると知らせた。「え、本当?」とブライアンは言ったが、ブライアンは今までこんなニュースは聞いたことがなかったからだ。「そりゃ、すごい。」
