リバプールのキャバーンでは、ビートルズが6月9日、盛大な帰郷歓迎ショーで演奏し、6月11日、マンチェスターに戻ってBBCに出演する別のテープ撮りをして、15日に放映した。



ちょうどそのころジョージ・マーティンGeorge Martinがブライアンに手紙を書いて、ピートPete Bestは解雇しなければいけないと伝えた。

ブライアンは、他のビートルズメンバーは同意すると思ったが、自分も署名した契約書があるのに、その署名者のうちの一人を解雇する方法が分からなかった。彼らがこの件を検討している間に、モナ・ベストMona Bestが自分のクラブ、カスバthe Casbahを閉店すると発表し、ビートルズが最後にもう一度演奏して閉じた。

ブライアンはマンチェスターへ行きグラナダ・テレビGranada Televisionと打ち合わせを行ったが、この放送局は今BBCと併存する民間のネットワークで、この地域で運営していることに誇りを持っている。
ビートルズをテレビ出演させる件を相談した結果、プロデューサーがビートルズを見にキャバーンまで来ることになった。ピートをクビにしたときにニールNeil Aspinallが残るかどうかを既に心配していて、ビートルズが使えるようにちゃんとしたワゴンをブライアンも買った。

エプスタインは忙しい男で、マンフレッド・ワイスレダーManfred Weisslederが、11月に2週間ビートルズを復帰させ、他でもないリトル・リチャードと共演させることについて連絡を取っていた。

リチャードは、名目上は本国アメリカでゴスペルを説き勧めていることになっているが、海外でライブをして、食べるために金を稼いでいた。ワイスレダーは大みそかを含む年末の2週間、ビートルズに出演してほしかった。そしてブライアンは、おそらくジョン・レノンの推薦に基づいて、2番目のアーティストとして、ビッグ・スリーThe Big Threeとマネージメント契約をした。

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ブライアンはビッグ・スリーをハンブルグに送って、ジェリーとペースメーカーズGerry and The Pacemakersと交代させ、ジェリーたちとマネージメント契約を結んだ。

ブライアンは大立者になった。そして、ビートルズにドラマーを見つけようとして、仕事を申し出た相手はジョー・ブラウン&ブルバーズJoe Brown and The Bruvversのボビー・グラハムBobby Graham(断られた)と、ビッグ・スリーThe Big Threeのジョニー・ハッチ・ハッチンソン(同じく断られた)だった。



ビートルズ自身はリンゴを欲しがったが、スケグネスにおけるバトリンのキャンプButlin’s campに行っていて不在で、スケグネスはスイミング・プールでペットの象がこの夏におぼれたことがニュースになった。
実はジョンとポールが、わざわざ車で現地まで行きリンゴに話したようだったが、何も変わらなかった。9月初めにキングサイズ・テイラー&ドミノーズKing-Size Taylor and The Dominoesは、ハンブルグから戻ってきたらローリー・ストームRory Stormとドラマーを交換することをリンゴに申し入れ、リンゴは了承した。



次に、グラナダGranada TV がやって来て、8月22日、キャバーンクラブでビートルズを撮影することになった。いよいよリンゴを何とかして獲得する必要がある。
