ロックンロールの歴史 278

 

テキサス州ウィニー出身の床屋でラジオ・パーソナリティのアルバイトをしていた、ヒューイPモー Huey P. Meauxもタレントを求めてこの地域をスカウトし、自分の最初の制作物、ジビン・ジーン・ブァジワJivin’ Gene Bourgeoisの「ブレーキング・アップ・イズ・ハード・トゥ・ドゥBreaking Up Is Hard To Do」を、シングルトン・レコードSingleton recordsを通じてマーキュリー・レコードMercury recordsにリースし、そのせいで刑務所に入れられそうになった。

Swamp pop ballad from New Orleans in 1959Jivin' Gene And The Jokers – Breaking Up Is Hard To Do – Vinyl (7", Single  + 2 more), 1959 [r2835874] | Discogs

Meaux, Huey P.Huey P. Meaux - Wikipedia

ヒューイが地元の銀行に小切手を提示すると、床屋がそんなお金を合法的に手に入れることはできないだろうから、銀行が麻薬取締班に電話したのだった。しかし、あの「マチルダMathilda」のベース・ラインが再び功を奏し、ヒットした。1961年初め、モーは、ビル・プラットという場所のプレーリーのケイジャン町にいる友人のフロイド・ソイローFloyd Soileauから電話をもらった。

Floyd Soileau | mogc

この友人は、ジョー・バリーJoe Barryのような演奏をするジョセフ・バリオス・ジュニアJoseph Barrios Jr.という歌手で、ソイローSoileauのジン・レーベルJin(ソイローは、自分のスワローSwallowレーベルによって地元のケイジャンとクレオールの市場をすでに支配していた)から出して、かなりのローカル・ヒットとなったのだが、ヒットし過ぎて手に負えなくなる恐れがあるというのだ。

Joe Barry – A Fool To Care: Classic Recordings 1960-1977 – 2 x CD  (Compilation), [r8943187] | DiscogsJoseph Barrios Discography: Vinyl, CDs, & More | DiscogsJoseph Barrios Discography: Vinyl, CDs, & More | Discogs

「アイム・ア・フール・トゥ・ケアI’m a Fool to Care」は昔のレス・ポール&メアリー・フォードLes Paul and Mary Fordの曲で、

Les Paul & Mary Ford – I'm A Fool To Care – Vinyl (7", 45 RPM, EP), 1954  [r7634370] | DiscogsLes Paul And Mary Ford – I'm A Fool To Care / Auctioneer – Shellac (10", 78  RPM), [r23081609] | Discogs

声を注意深く聞いたモーは、ファッツ・ドミノFats Dominoの声は激しさがあるものの、バリーBarryの声はそれに異常に似ているので、マーキュリーとレコード契約を交わした。

Fats Domino – The Fat Man / I'm A Fool To Care – Vinyl (7", 45 RPM,  Single), 1965 [r6058952] | Discogs

モーはまたジミー・ドンリーJimmy Donley にも目をつけていたが、ジミーは曲を書いてファッツ・ドミノにわずかな金で売っていた。

Amazon.co.jp: THE SHAPE YOU LEFT ME IN: ミュージックAmazon.co.jp: In the Key of Heartbreak: Music

また、バリー同様に白人だった。ドンリーの問題はひどいアルコール依存症で、そのために自分の曲を50ドルと多少のウイスキーで売ったのだが、もしモーが自分の管理下に置けば何かをやってくれると分かっていたのだ。一方、モーはヒューストンのクラブで演奏していた左利きの女性ギタリスト、バーバラ・リンBarbara Lynnを見つけた。業界では、この新しい音楽を『スワンプ・ポップswamp pop』と呼ぶ人もいたが、リンはそうではないものの潜在能力はあった。

バーバラ・リン Barbara Lynn / ラジカル・ビスケット