ザ・ドゥーワップ・ボックス Ⅰー43

1-6.マネー・ハネーMONEY HONEY-クライド・マクファターとドリフターズClyde McPhatter & The Drifters(ジェシー・ストーンJesse Stone)

53年8月9日録音、53年9月アトランティックAtlanticのシングルとして発売:R&B1位

良い者を追い出してしまうことがある。教会の元コーラスリーダーのビリー・ウォードBilly Wardは、このことをつらい思いをして学んだ。

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しかも2回学ばねばならなかった。ウォード氏Mr. Wardは、どちらかといえば非常にしつけに厳格な人のようで、彼のボーカル・グループ、ドミノスThe Dominoesのメンバーの様々な違反に対して罰金を科すことで知られていた。

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1950年から1953年にかけてR&Bのチャートですごいヒットを数多く飛ばした後でも、ウォードWardはグループのダイナミックなリード・シンガーのクライド・マクファターClyde McPhatterをクビにしたのだ。

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彼のゴスペルに熱狂して出す甲高い声は、彼らの多くのヒット、特に1952年のワイルドな「ハブ・マーシー・ベイビーHave Mercy Baby」の主要な魅力だったのに。

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アトランティック・レコードAtlantic Recordsのアーメット・アーティガンAhmet ErtegunはマクファターMcPhatterの歌唱にかなりの期間感動していたので、このスター・ボーカリストがドミノスThe Dominoesを脱退したことを知ったときには、驚いて口もきけなかったに違いない。

Atlantic Records - WikipediaAhmet Ertegun - Wikipedia

伝えられるところによれば、即座にマクファターMcPhatterをハーレムHarlemで見つけ出し、アトランティックAtlanticとの契約を大急ぎで締結したそうだ。そのシンガーの名前がリズム&ブルースのアーティストとして最もありそうにない名前であることは問題でなく、アトランティックAtlanticで結成した新しいグループとして彼が選んだ名前のドリフターズThe Driftersは、このジャンルではさらにありそうもなかったが、問題なかった。

The drifters featuring clyde mcphatter sing - Clyde Mcphatter & The Drifters  - ( 1955, 7'' 1枚, Atlantic ) - CDandLP - Id:2409776692

問題がなかった理由は、マクファターMcPhatterがそれほど素晴らしかったし、Atlanticでの彼の最初のレコード―「マネー・ハネーMoney Honey」―は、満足がいくまで2回のセッション(そして2組の様々なシンガー)が必要だったにもかかわらず、アーティガンErtegunは自分の選んだマクファターMcPhatterが良かったと思ったからだ。

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最初から大ヒットで、1953年のR&Bのベストセラーになり、進化を続けるドリフターズThe Driftersの何十というヒットの中で最初のヒットとなった。この曲のフックはそれぞれの行の前にある、グループの「アフームという導入部で、このテクニックは翌年、ハンク・バラードとミッドナイターズThan Ballard & The Midnightersのビッグ・ヒットの「ワーク・ウィズ・ミー・アニーWork With Me Annie」で再利用された。

ハンク・バラード & The Midnightersの「Work with Me, Annie: The Very Best of Hank  Ballard and the Midnighters」をApple Musicで

一方。ウォードはマクファターの代わりに当時無名のジャッキー・ウィルソンJackie Wilsonを入れ、新しいドミノスは何枚かレコードを作ったが、クライド・マクファターと一緒に成し遂げた業績には達しなかった。

Jackie Wilson, Billy Ward & The Dominoes - The Essential Masters: Jackie  Wilson With Billy Ward And His Dominoes (CD) - Amoeba Music

もちろん、ウィルソンは1957年に脱退して、彼自身の、長くてヒットがたくさんのキャリアを歩み始め、ウォードは最終的に三番目のリード・シンガーである元ラークスThe Larksにいたユージン・マンフォードEugene Mumfordと一緒にポップ・ヒットを数曲出した。

The Larks (N.Y.)/The Larks Collection 1950-55Gene Mumford | ディスコグラフィー | Discogs

マクファターは1955年に徴兵され、1年後にソロ・シンガーとして復帰し、その後の2年間に数多くのヒット曲(もっとも有名なのは「ア・ラバーズ・クエスチョンA Lover’s Question」)を出した。

A Lover's Question - Album by Clyde McPhatter | Spotify

オリジナルのドリフターズは、マクファターが徴兵された後すぐに解散し、2年後に義務を何として履行するために『ドリフターズ』のようなグループがどうしても必要になり、マネージャーのジョージ・トレッドウェルGeorge Treadwellが別のボーカル・グループのファイブ・クラウンズThe Five Crownsを採用して、そのままマクファターと彼のオリジナルの仲間に置き換えた。

Sarah Vaughan and George Treadwell Are A Couple - Say Maga… | FlickrThe Five Crowns | Spotify

この新ドリフターズは、当初、将来のヒット・ボーカリストであるベン・イー・キングBen E. Kingをリードにして、60年代半ばまで続く全く新しい連続ヒットをスタートさせた。

BEN E. KING / ベン・E. キング「THE VERY BEST OF BEN E. KING /  スタンド・バイ・ミー~ヴェリー・ベスト・オブ・ベン・E.キング<ヨウガクベスト 1300 SHM-CD>」 | Warner Music Japan
クライド・マクファターの物語はハッピー・エンドではなかった。彼は感情表現の上手いシンガーで、1962年に「ラバー・プリーズLover Please」で彼自身のヒットを出したが、その後――もし、そうしたければ、ブリティッシュ・インベージョンのせいにしても良いが、他の要素もあった――消えていき、酒におぼれ、破産し、不幸なまま、1972年に悲劇的な死をとげる。

Lover Please - Album by Clyde McPhatter | Spotify

あんな才能、あんな男がそんな最期を迎えることは、多くの問題を提起するが、このボックス・セットの埒外の話であり、疑いもなく、マクファターはロックンロールの世界で、あまりに早く燃え尽きてしまった、最も華やかなスターだった。