6月2日、イギリスのマンチェスター空港に戻ったビートルズはニールNeil Aspinallに迎えられ、ブライアンからの茶封筒を受けとったが、そこには彼らの契約に関する記事の載ったマージー・ビート誌と、タイプ打ちされた翌週以降のスケジュール表が入っていた。


荷ほどきした後練習に入いり、ピートは直ぐに妊娠7か月の母親に会いに行ったが、彼女は、そのまた母親、つまりピートの愛している祖母を失ったばかりだった。
2、3日後、彼らはワゴン車に乗り込み、ブライアンは列車でロンドンに向かった。到着して一日休みがあったので、ほとんど噂でしか聞いたことのない街をぶらぶら歩いたが、ポールが言うには「北からバス旅行にやってきた団体さんみたい」だった。そして、6月6日、スタディオに入り、「べサメ・ムーチョBesame Mucho」、「ラブ・ミー・ドゥLove Me Do」、



「ピー・エス・アイ・ラブ・ユーPS I Love You」、
「アスク・ミー・ホワイAsk Me Why」を録音したが、そのうち2曲はシングル用と判断され、
そのうちの1曲はレノン・マッカートニーLennon-McCartneyの作としてシド・コールマンSid Colmanが出版することになる。

セッションでは、将来を暗示するようなおかしなことが起きたがそれは、契約していた「ライク・ドリーマーズ・ドゥLike Dreamers Do」より良い楽曲があるとビートルズが主張したことで、他のプロデューサーだったら許さなかっただろうが、マーティンはレコーディングさせた。
![Silver Beatles – Like Dreamers Do – Vinyl (Silver, LP, Promo + 2 more), 1982 [r12666916] | Discogs](https://i.discogs.com/ubTJzf9ulYWgX0svgQ9qEzFuHJmJHeX18z_jo7sb1GY/rs:fit/g:sm/q:90/h:600/w:600/czM6Ly9kaXNjb2dz/LWRhdGFiYXNlLWlt/YWdlcy9SLTEyNjY2/OTE2LTE1Mzk2NTYz/MDAtMjA1My5qcGVn.jpeg)
セッションには20分かかり、そのあと全員でコントロール・ルームに集まり再生して聴いた。マーティンはマイクロフォンに関する技術上の細かいところまで厳しく指摘し、パーロフォンParlophoneとの将来について詳細を教えた。ビートルズは黙って聞き、取り入れた。最後にマーティンが言った。「いいかい、私は時間をかけて批判したが、反応がない。気に入らないことがあるのか?」
さらに沈黙が続き、ついにジョージ・ハリソンがマーティンをキッとにらんで、「ええ、あなたのネクタイが気に入らない」と言った。ちょっと緊張が走り、突然誰もが笑い出し、何分間か笑いが続いた。最後に、ビートルズが帰ると、彼らにはカリスマがあり、それが人に伝わるとマーティンは思った。それにしてもドラマーはひどすぎる。やめさせなけりゃいけない。結局、このセッションで発売できるものは何一つ制作できなかったと判断した。もう一度やらなきゃ。
