ロックンロールの歴史 416

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アメリカ人は、ボブ・ディランと同じように、ベールに包まれた問いかけをしていた。

ボブ・ディラン・イン・コンサート:ブランダイス・ユニヴァーシティ1963

8月28日25万人の人々がリンカーン・メモリアルのそばに集まって、大ニュースになっているバプテスト派の若き伝道師、マーティン・ルーター・キング・ジュニアDr. Martin Luther King Jr. がスピーチするのを聴いたのだが、それは以前と同じ内容でも、これほど多くの人は集まらなかった。「私には夢がある。I Have a Dream」として歴史に刻まれたこのスピーチは、ほかのプログラムと同様に録音されたのだが、レコード・ビジネスが行動した結果、キングは、ミスター・マエストロMr. Maestro、20世紀フォックス20th Century-Fox、モータウンMotownレーベルを相手取り、スピーチのアルバムをリリースしたとして訴えざるを得なかった。

 

28août 1963 : Discours de Martin Luther King : I have a dream. I have a dream (traduit en français par « Je fais un rêve ») est à la fois leCelebrating 60 years of MLK's 'I Have a Dream' speech - WDET 101.9 FM

そして、モータウンに対しては、実はスピーチを録音する契約をしていたということが分かり、訴訟を取り下げた。ほとんど休眠状態にあったモータウンMotownのディビニティDivinityゴスペル・レーベルも、リズ・ランズ&ボイス・サルベーションLiz Lands and The Voices of Salvationの「勝利を我等にWe Shall Overcome」(ジョージ・ファウラーGeorge Fowlerとクラレンス・ポールClarence Paulのクレジットによる)を準備したが、訴訟にかまけてキング牧師暗殺後まで5年間棚上げになった。

Rev. Martin Luther King, Jr. / Liz Lands And The Voices Of Salvation – I Have A Dream / We Shall Overcome – Vinyl (7", 45 RPM), 1968 [r1316084] | DiscogsRev. Martin Luther King, Jr. / Liz Lands And The Voices Of Salvation – I Have A Dream / We Shall Overcome – Vinyl (7", 45 RPM), 1968 [r14578368] | Discogs

他の子たちは、サーフィンや自動車改造をしたり、ガールフレンドやボーイフレンドのことで悩んだり、自分で作ろうという気持ちにならないようなレコードを買っていたが、そういう子たちの価値を低く見るような風潮にはならなかった。結局、彼らは未成年者で、多くの人は、キング牧師、その支持者、そしてその両親の多くが共産主義に影響されたと考えていた。よくあることなのだが、変人と考えられることを恐れるティーンエイジャーは、いつも多数を占めるものだ。しかし、サーフィン(たとえやらないとしても)、自動車(たとえ持っていなくても)、男の子や女の子のことを考える(またもや、たとえ、そんな子がいなくても。たぶん、特にいなかっただろうが)ことはティーンエイジャーの最大関心事であり、いつもそうだったがグループの連帯を促す言葉(特にサーフィンと自動車に当てはまるが、いったい「デュース・クーペdeuce coupe」、「グレミーgremmi」、「ウッディーwoody」とは何なんだ)を獲得することになる。

What is a Deuce Coupe? Plus Significant Deuce Coupe Gallery!1963 VW TypeⅠ”V-WOODY” – MOONEYES

翌年1月、ボブ・ディランBob Dylanは、最新アルバムのタイトル・トラックとして「時代は変わるThe Times They Are A-Changin’」をリリースし、「息子や娘は親の手に負えない」と歌った時、ボブは単にフォーク・ファンのことだけを言ったのではなく、もっとたくさんの多様で幅広い10代の国家が形成されつつあったのだった。

Amazon.co.jp: Times They Are A-Changin: ミュージック

5月、ある音楽業界団体の発表によると、毎週発売されるシングルは230枚、アルバムは100枚に及ぶという。もちろん、すべてが、特にアルバムが、ティーンエイジャーをターゲットにしたわけではないし、また、ティーンエイジャー全員がロックンロールを作っていたわけでもない。1963年は、10代でブロードウェー・レギュラーとなったバーブラ・ストライサンドBarbra Streisandが最初のアルバムを出し、センセーションを巻き起こした。

The Second Barbra Streisand Album - Wikipedia

ただし、バーブラはリリースの時は20歳で、もうティーンエイジャーではなくなっていた。すべてのアルバムがありきたりのジャンルだったわけでもなく、フィリップス・レコードPhillips Recordsは、素晴らしいカソリック・ミサのアルバム、「ミサ・ルーバMissa Luba」をブラッセルで録音し、歌い手とパーカッショニストはコンゴ人だった。

Amazon.co.jp: Missa Luba: ミュージックMissa Luba (Kamina - Belgisch Kongo) by Ngoi, Joachim und Les Troubadours du Roi Baudouin: (1965) | ANTIQUARIAT H. EPPLER

ハイファイ・マニアはこれを買い求めたのだったが、くだらないアルバム「プロボカティブ・パーカッションProvocative Percussion」より、オーディオ機器の能力をより良く発揮した。

イージーリスニング LP: Enoch Light の Provocative Percussion、ゲートフォールド、Command RS-806-SD、1959 年 - Etsy 日本

自信を深めた同社は、ヨーロッパで爆発的に売れた聖ドミニコ会修道女のアルバムをリリースしたが、そのアルバムは「シンギング・ナンThe Singing Nun」というタイトルで、彼女自身も歌う修道女だった。

The Sad Story Of The Singing Nun – Geezer Music Clubスール・スーリール - Wikipedia

しかし、ビルボード誌Billboardのどの週のシングル・リリース表をちょっと見ても分かることだが、全体としてレコード・ビジネスはかつてなかったほど手掛かりがつかめず、レコードを壁に投げつけて一枚でも刺さればよいという状態で、このことは独立系のレーベルだけでなく大手でも同様だった。