ディスクユニオンの下記店舗でも販売中
お茶の水駅前店・吉祥寺店・川崎店・町田店・横浜関内店・浦和店・大宮店・
新宿ロックレコードストア・池袋店・立川店・ブックユニオン新宿・ROCK in TOKYO・名古屋店・大阪店
どう見ても、集会場所のベター・ブックスBetter Booksは50人しか収容できないので、ギンズバーグの友人のバーバラ・ルビンBarbara Rubinが「この町で最大の会場はどこ?」と尋ねた。

![Barbara Rubin & the Exploding NY Underground [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/81XqD6IG8eL._AC_UF894,1000_QL80_.jpg)
スー・マイルズは「ロイヤル・アルバート・ホールRoyal Albert Hallだと思う」と答えるとすぐに、ルビンが店の前にある電話まで走って予約した。

賃料400ポンドという問題はあったが何とか調達できて、1965年6月11日に開演し、イギリスでは、これまで一つ屋根の下に集まった最もワイルドな人々の集団が、一斉に会場に入り席に着いた。コベント・ガーデンCovent Gardenのフローラル・ストリートFloral Streetに行った者がいて、売れ残った花をすべて買い取って朗読会に持ち込み、舞台に巨大な花束を飾っただけでなく、入る途中で観客は花を手渡された。


ワイン・ボトルとマリファナの巻きタバコが回し飲みされた。過激な精神科医のRDレイング R. D. Laingは、自分の患者を大勢引き連れた。

インド人の若いインディラ・ガンジーIndira Gandhiも出席し、ノーベル賞受賞者のパブロ・ネドゥーラPablo Nerudaも出席していた、ギンズバーグがイベントに参加させようと試みたがうまくいかなかった。

誰もががっかりしたのは、ボズネセンスキーVoznesenskyが、KGBの管理者が監視したために朗読を断ったことだ。

それでも問題はなく、イギリスやアメリカの詩人がたくさんいて、観客の中にはイングランド中、あるいはそれより遠いところ(スコットランドのインバーネスからヒッチハイクで来たと分かっている人達もいた)から来た人が周りを見渡して、同じような人がたくさんいるのに驚いた。こんなことを誰が想像できたろう?そして次には何が起きるのだろう?

