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これに対する答えは、これら両方のイベントの背景と同様に、1943年4月16日、スイスのバーゼルにおけるサンドス・ファーマスーティカルズSandoz Pharmaceuticalsで働いていた37歳の化学者、アルフレッド・ホフマン博士Dr. Alfred Hofmannが難産を助ける植物性化合物を探求していた時に始まった。


ライムギの上で生長する麦角に存在するリセルグ酸派生物を数多く調査するうちに、その日の終業間近に、25番目の派生物をたまたま少量摂取してしまい、仕事を終え、自転車に乗って家に帰った。

数分のうちに陶酔した感じが増し、さらに進んで、自分が周りのものと一体になって大洋にいるような複雑な体験を感じた。効果は夜遅くまで続き、翌日目覚めた時には気分が良くなった。ホフマン博士は最初のLSD幻覚体験をしたのだ。

精神薬理の可能性があると思い、会社宛てに報告書を書いたところ、会社はプラハ、サスカチュワン州ウェイバーン、マサチューセッツ州ケンブリッジ、カリフォルニア州パロアルト等にいる研究者のために一定量の化合物の製造を始めた。
薬の効果に関する研究はそれぞれの場所でまちまちだった。ハーバードの宗教の教授が非公式に研究者になったものの、プラハとハーバードでは精神医学の補助として使用することに集中した。カリフォルニアのスタンフォード大学では、CIAの秘密のMK-Ultraチームが、敵の軍隊に吹きかけて動けなくさせると考え、この薬を武器にしようとした。

サスカチュワンの研究は事実上精神薬理学であって、慢性アルコール患者の治療に集中し、この薬を使った治癒率は驚いたことに80%で、アルコール中毒者厚生会の共同創設者、ビルW Bill Wは、厚生会の中心的な教科書であるビッグ・ブックのアイディアを固めることができたのはLSDを経験したおかげだとした。
必然的に、この強力で一見無害に見える化学物質のうわさは広まった。メディアでたくさん取り上げられたのは、奇抜で裕福な発明家、アル・ハバードAl Hubbardのおかげで、彼はサスカチュワンのハンフリー・オズモンド博士Dr. Humphry Osmondを説得して、薬物を供給しないように説得し、オズモンドの言葉によれば、「産業のリーダーと教会の実力者」に広めることとなった。


タイム・ライフTime-Life出版会長のヘンリー・ルースHenry Luceは初期の賛同者で、ケーリー・グラントCary Grantの精神科医はグラントにいくらか投与したので、ハリウッド・スターのグラントが賛同することになった。


ハバードは、まだ合法だったLSDをブリーフケースいっぱいにして、プライベート飛行機で駆け回った。言うまでもないが、ハーバードとスタンフォードの様々な学生は自発的に研究に参加して、すぐに賛同者になった。



いくらか手に入れる方法があればよいのだが!

