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えーと、あるんだ。自分で作るんだ。主な問題は分子が複雑なことだ。自家製ビールを醸造するような手軽さで1回分を作ることはできない。正確に測る器具、研究器具が必要だし、マイクログラムまで計った1回分の量を注意深く観察しなければならない。これは、ケンタッキー州の著名な家系出身のオーガスタス・オウズリー・スタンレーⅢ Augustus Owsley Stanley Ⅲにとっては難問だが、彼はバークレーの大学生で科学者の性向があり、自宅で作り始めた。
幸運なことに、使える資金があり、科学の大学院生のガールフレンドがいた。彼の研究設備は最先端で、そこのLSDは純粋で混じり物がなかった。冒険好きのバークレー学生達が使い始め、噂はパロアルトまで届いて、MKウルトラ計画という洗脳実験のベテランたちがこの薬物を楽しんだが、入手先は知らなかった。オウズリー(いつもこの名前で知られていた)は、これに熱中している小説家のケン・キーシーに会った。すぐにキーシーはオウズリーの周りに友人グループを集めて、メリー・プランクスターズthe Merry Prankstersと名付け、それが保守的なスタンフォード社会にちょっとした驚愕を引き起こしたが、このドラッグはまだ合法なので、たいしたことができなかった。

LSDの使用は、サンフランシスコ自体の大学生にも広がり、彼らのほとんどはシャーラタンの地域に住んでいたが、1965年の夏にはバージニア・シティーへと広がった。
LSDは、メキシコ人や西インド諸島の住民だけでなく、ジャズの世界で長い間使われていたマリファナ(ルイ・アームストロングLouis Armstrong は表立って擁護していた)をすでに良く知っていた人たちの間で広まった。


効果はずっとマイルドだが、聞く音楽やセックスを良くし、あるいは、単に元気になるために使われた。マリファナやその派生物のハシシは、西インド諸島やインド亜大陸の人口が多いために、イギリスの反抗的な若者の間でも人気があり、ビートルズも最初のマネジャーであるアラン・ウィリアムスの助手であるロード・ウッドビンLord Woodbine(西インド諸島出身)を通して使うようになったのは明らかだ。


