第16章
3回目の幕間 イギリスとドイツ
ビートルズThe Beatlesが戻ったリバプールは、たった数か月しか経っていないのに、出発したときとは微妙に違っていた。

しかし、それを調べている時間はほとんどなく、その理由は、ハンブルグに戻れるまで何とか生き続ける方法を考えなければならなかったからだ。ポール・マッカートニーPaul McCartneyは、父親がしつこく言って、すぐに電機工場でコイルを巻く仕事に就いたが、他のメンバーは仕事を見つけるのをできるだけ遅らせようとした。

問題が起きた。アラン・ウィリアムズ
がトップテン・クラブthe Top Ten Clubのリバプール店を開店したのだが、開店直後に全焼し、その影響もあってウィリアムズが潰瘍のために入院したのだ。

ビートルズはウィリアムズとマネージメント契約を結んでおらず、ウィリアムズとコシュミダーKoschmiderとの関係はめちゃくちゃになったので、ビートルズは自分たちのライブに精を出した。
キャバーンthe CavernのDJのボブ・ウーラーBob Woolerはしばらくの間、彼らの面倒をある程度見て、ストゥがハンブルグから1月半ばに帰ってくると、ビートルズは5人に戻った。

ストゥStuart Sutcliffeはリバプールの芸術学校に戻ると教職を申請したが、アストリッドAstridはすぐに訪ねて来て、それ以外の点でストゥの計画ははっきりしていなかった。

ジョンは、地元のエプスタインEpstein家族が所有していた家具屋からレコード店に転換したネムズNemsをぶらついていたが、エプスタインの息子ブライアンBrianはロンドンで俳優になるのに失敗した後、店を引き受けて近代的にし、テレビ、ラジオ、レコード・プレーヤー、レコードに力を入れた。

ブライアンはネムズをリバプールで最高のレコード店にしようと目論んでいて、廃盤でなければなんでも入手できると豪語した。ブライアンが手に入れた中の一枚はロンドン・アメリカンLondon Americanの45回転盤で、レノンはよく試聴ルームにいてビートルズのための素材を見つけ、驚くことではないが、アルドンAldon Musicの作家と、セプターScepter RecordsのA&Rであるルーサー・ディクソンLuther Dixonに狙いをつけていた。




