1958年の暮れまでにクリフは、「ムーブ・イットMove It」でトップテン・シングル入りし、ドリフターズの最新版を携えてパッケージ・ツアーに向かうところだった。



この時イアン・サムウェルIan Samwellはベース、テリー・スマートTerry Smartはドラムス、ブルース・ウェルチBruce Welchはリズム・ギター、ハンク・マービンHank Marvinはリード・ギターだった。




調整事項が二つあった。サムウェルは、ベースを降りてジェット・ハリスに演奏させるのは嫌かと聞かれた。サムウェルは、ハリスの方がベースとして自分よりずっと上手なことを知っていたので、しぶしぶ従った。そして1959年初め、クリフの新しいマネージャーはテリー・スマートを首にしてトニー・ミーハンTony Meehanを据えた。
イギリスに初めて本格的ロック・バンドが誕生した。
1958年夏、バイパーズの解散で象徴されるように、ロンドンから完全にスキッフルが消滅した。

代わりに、誰もがロックンロール・シンガーになりたがったが、それはラリー・パーンズLarry Parnesがマネージした、ビンス・イーガーVince Eager、マーティ・ワイルドMarty Wilde、トニー・シェリダンTony Sheridan、トミー・スティールTommy Steeleという、この舞台にどんどん現れた若者たちが刺激したのだった。


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ワイルドもシェリダンも、いくつかの場面でパーンズが性的に言い寄るのを拒絶したと言っているように、パーンズの悪ふざけを我慢したくなかったのかもしれないが、スターを作る力量には尊敬していた。しかし、スキッフルは廃れたといううわさは、ロンドンから遠いところにまでは届かず、田舎の頭の古いタイプの10代はまだスキッフルに熱中していた。
