ロックンロールの歴史 502

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「レイディース・アンド・ジェントルメン、今登場する出演者の時間は限られています。名前はボブ・ディラン!」

Bob Dylan 1965 Newport Festival ProgrammeThe Rashomon Moment: Bob Dylan at the 1965 Newport Folk Festival | Cinema  Sojourns

バンドは「マギーズ・ファームMaggie’s Farm」を始め、

ブルームフィールドは早く大きな音で演奏し、キーボード奏者の演奏は聞こえず、ジェローム・アーノルドJerome Arnoldはまだコード・チェンジをうまくできなかった。

Sunday - Jerome Arnold younger brother of Billy Boy, most famous for his work with the amazing Paul Butterfield Blues Band, also worked with Howlin Wolf and was part of the band

バンドが演奏した次の曲「ライク・ア・ローリング・ストーンLike a Rolling Stone」はどのラジオでもかかっていたけれど、こんなのを誰も聞いたことは無かった。

最後に、ディランが最近レコーディングしたアルバムの「ファントム・エンジニアPhantom Engineer」( アルバムの中のタイトルは「イット・テイクス・ア・ロット・トゥ・ラフ・イット・テイクス・ア・トレイン・トゥ・クライIt Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry」だった) で幕を閉じた。

そろそろ聴衆は悲鳴を上げ、たいていは熱狂した。実はブーイングもあったが、ディランが大きな音のロックンロールを演奏したというよりは、全く受け入れられないサウンド・ミックス(忘れないでほしいのは、ステージ・モニターが登場する以前の時代だということ)に対してだと、その場にいた人たちは主張した。