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第2章 驚異の年2 友人からの助け
1965年6月には実にたくさんのことが起き、その説明を占星術師に相談した方が賢明ではないかと思わせるほどだ。発生するまでに数十年かかること、数年しかかからないこと、時のはずみのことがあった。しかし今にして思えば、この月が極めて重要な月であったことにはほとんど間違いがない。
その出来事の一つが、ネバダ州レノの真南のネバダ州シルバーシティに位置し、廃坑になった銀鉱山に佇む小さな山小屋に友人3人がいたある晩に起こったのだが、この山小屋は持ち主のドン・ワークスDon Worksが、鈴木俊隆の人気のある禅へのいざないZen Mind, Beginner’s Mindをもじってゼン・マインと、おそらく名付けたのだろう。


ワークスは数年前、自らが信仰する宗教を信ずるパイユート族やワショー族の生活様式実践者たちの近くにいるためにそこに引っ越した。その宗教はペヨーテ・セッションなどを行うネイティブ・アメリカン・チャーチである。この時代の帽子をいくつもかぶったミラン・メルビンMilan Melvinは、先住民と若い白人たちの参加したワークス家におけるペヨーテ・セッションを覚えている。

その人たちの中には、フォークを支援するコーヒーハウスの興行主で、漫遊の旅をするチャンドラー・ラフリンChandler Laughlinもいて、今生まれつつあるコミュニティをまとめるイベントに参加していた。
しかし1965年初めのこの夜、ゼン・マインであまりスピリチュアルなことは何も起こらなかった。そこには、ワークス、ラフリン、マーク・ウノブスキーMark Unobskyという金持ちの子しかいなくて、テーブルに集まってリスクというボード・ゲームに興じ、マリファナを吸って猛吹雪に閉じ込められていたのを気づかなくなった。

ウノブスキーはメンフィスを出てサンフランシスコに向かい、フォーク・クラブで演奏して、いかがわしい連中と知り合いになった。父親は息子がもう自立して良い時だと考え、小遣いを止めるが、5,000ドルを貸して事業運営の手助けをすると言った。その晩、雪に閉じ込められて暇をつぶしている間に、ウノブスキーは自分の状況を説明すると、ワークスは北へ4マイル行ったところにバージニア市のゴースト・タウンがあり、そこにはコムストック・ロード銀鉱山狂乱のもう一つの残骸となった大きなビルがあると話した。それは本物の開拓時代の米国西部の建物で、1階にたくさん収容できるバーがあってステージが備わっていた。サンフランシスコから車でわずか4時間しかかからないため、バケーションのためには理想的な目的地で、ワークスはほとんどただで手に入るだろうと考えた。ラフリンとウノブスキーは突然、ツアーをするフォークソング歌手にとって素晴らしい場所のビジョンを描き、そこにはもちろんその歌手たちと共に行動するサンフランシスコの観客もいた。ウノブスキーはそのビルを買い、大工と配管工を雇い赤く塗って、レッド・ドッグ・サロンRed Dog Saloonと名付けた。

フランスで修業したシェフのジェンナ・ワーデンJenna Wordenを雇って料理の準備をさせ、ラフリンをサンフランシスコに行かせて装飾品を選ばせた。運の良いことに、フォックス・シアターthe Fox Theatreという豪華な映画館が廃業したばかりで、ベルベットのカーテンやその他の備品が安く売りに出されたのだ。
ラフリンは町でパイン・ストリートにいる友人を訪ねた時に、とても長いブロンドヘアでエドワード王様式の服を着た男に会ったが、その服を買ったのは自分の住む静かな地域にあるたくさんのリサイクルショップの一つで、その辺りはゴールデン・ゲート公園の端にあるヘイトストリートの最後尾にあった。その若者はジョージ・ハンターGeorge Hunterで、バンドを持っているがフォーク・バンドではなく、シャーラタンズThe Charlatansという名前のロックンロールのバンドだった。

バンドのピアノ奏者、マイケル・ファーグソンMichael Fergusonは最近マジック・シアター・フォー・マッドメン・オンリーMagic Theater for Madmen Onlyという店を経営し、時代物の服、時代のついた変わった物、そして多分他のものも売っていただろう。


ハンターがラフリンに言わなかったことは、このバンドが一度も演奏をしたことがなく、実は練習さえ一度もしたことがないということだったが、ラフリンはレッド・ドッグに建築中のビルの風景にぴったり当てはまると魅了されていた。夏にやることはあるのかと尋ねたところ、計画がないと言ったので、ハウス・バンドとして一も二もなく雇った。

