ザ・ドゥーワップ・ボックス Ⅰー48

1-11.シュブームSh-Boom-コーズThe Chords(ジミー・キースJimmy Keyes、カール・フェスターCarl Fester、クロード・フェスターClaude Fester、フロイド・マクローFloyd McRae、ウィリアム・エドワーズWilliam Edwards)

Sh-Boom - song and lyrics by The Chords | SpotifySh-Boom - Wikipedia

54年3月15日録音、54年4月キャットCatのシングルとして発売、54年6月再発売:R&B2位、ポップ5位

長い間、R&Bマニアは、クロウズThe Crowsの「ジーGee」と、コーズThe Chordsの「シュブームSh-Boom」のどちらが最初のロックンロール・レコードかを論争してきた。

Amazon | Gee | Crows | R&B | ミュージックGee (The Crows song) - Wikipedia

もちろん年代順ではクロウズのレコードが最初にリリースされたが、本当のピークに達したのはどちらの曲も1954年の夏で、コーズのシングルはより多くの人に届き、ポップ・チャートのトップ10に達した最初の黒人ボーカル・グループのレコードとなった。どちらにしても、この2曲はすごいインパクトだった。
ポップ・ボーカル・グループは『楽才に欠けている』という攻撃の的に既になっていたか、あるいは少なくとも業界通からはそう言われていた。黒人ボーカル・グループは54年までにはR&Bチャートに侵攻し始めていたし、その多くのグループは主に歌詞が『みだら』だという理由で同じように攻撃を受けていて、ミッドナイターズThe Midnightersの「ワーク・ウィズ・ミー・アニーWork With Me Annie」は多分それを引き起こす元になっていた。

Amazon Music - ハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズのWork with Me, Annie - The Very Best of  Hank Ballard and The Midnighters - Amazon.co.jp78 RPM - The Midnighters - Work With Me Annie / Until I Die - Federal - USA  - 12169

そこで、コーズがこの快活で、一部スイング、一部ポップ、一部R&Bの曲を引き連れてきた(そうなんだ、彼らは地下鉄で歌っていたところを見い出された)時、それは望まれていたものだった。
彼らの楽曲によって得たものは驚いたことにすごい大ヒットとなり、カナダの白人グループで人畜無害のクリュー・カッツCrew-Cutsがさっそくカバー・バージョンを出したものの、黒人マーケット、白人マーケットの両方で成功した。

Amazon Music - クルー・カッツのSh-Boom - Amazon.co.jpThe Crew-Cuts – Sh-Boom / I Spoke Too Soon (1954, Vinyl) - Discogs

クリュー・カッツ・バージョンはポップ・チャートでコーズ・バージョンを抑えて成功した結果、安全な白人ポップ・アーティスツが雪崩を打ってリズム・アンド・ブルースをカバーする原因になったが、これは50年代初めにポップ・アーティストが堰を切ってカントリー・ソングをレコードにしたのと似ている(けれど、もっと大きな動きだ)。
「シュ・ブームSh-Boom」は簡単に覚えられ、その大前提は最初の歌詞の『ライフ・クッドゥ・ビー・ア・ドリーム(シュ・ブーム)』に要約できる。歌詞は必ずしも10代の物の考え方に限られてはいないが、サックスとドラムが若者のビートを表現し、グループの活力が、洗練されていて大人の物の見方にうんざりしていた若者たちに受けたのだ。クロウズThe Crowsの「ジーGee」やチアーズThe Cheersの「アイ・ニード・ユア・ラビン(Bazoom)I Need Your Lovin」は2曲とも、楽器の代わりにボーカルで音節を代用するバック・シンガーを使っていたが、「シュブーム」には際立たせる何か特別なものがあった。

The Cheers - Bazoom (I Need Your Lovin') / Arivederci | Releases | DiscogsBazoom (I Need Your Lovin')” by The Cheers - トラック・歌詞情報 | AWA

もちろん――ドゥーワップのジャンルの中では――「シュブーム」はワンヒット・ワンダーだ。レコードがヒットした直ぐ後に、「シュブーム」を出したキャット・レーベルthe Cat labelの親会社であるアトランティックAtlanticは、コーズThe Chordsというもう一つのグループから禁止命令を受けて、この新しいヒットを出したグループの名前を、コードキャッツThe Chordcatsに変更した。この名前は1曲リリースした時だけ使い、その後は、名前が関連していることで、このグループの過去のヒット・レコードをDJ達に思い出してもらおうとして、シュブームスThe Sh-Boomsにもう一度変更した。このグループは、思い出させることができず、もう少しパラパラとリリースした後に消えていった。しかしそうであっても、短い輝きの中で、来るべきロックンロール革命の火花を起こしたのであり、その点では誇って良い。