ロックンロールの歴史 54

こんな騒ぎがあったので、サム・フィリップスSam Phillipsは1952年1月にメンフィスで、思い切った行動をとった。

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サムは、ジャッキー・ブレンストンJackie Brenstonをチェス兄弟the Chess brothersのところに送り込んで、ロサンゼルスにあるモダン・レコードModern recordsのビハリ兄弟の怒りを買い、その後、ハウリン・ウルフHowlin’ Wolfのレコーディングしたものを両方に送って、その上BBキング B.B. Kingがビハリ兄弟のRPMレーベルから出して1位になったのだが、このレーベルは明らかにキングのために作ったものだ。

Rocket 88 - song and lyrics by Jackie Brenston | SpotifyPhil Chess, 95; his record label incubated blues, early rock music - The  Boston GlobeThe Brothers Bihari by Sankarshan Thakur | Goodreads

Howlin' Wolf: The Complete RPM & Chess Singles As & Bs 1951-62The 1950-1951 Modern Recordings - Album by B.B. King | Spotify

Amazon.co.jp: ザ・コンプリート・RPM/ケント・レコーディング・ボックス 1950~1965 The Life,Times and  the Blues of B.B. in All His Glory: ミュージックB.B. King – B.B. Blues / She's Dynamite – Shellac (10", 78 RPM), 1951  [r20256235] | Discogs

サムは他のレーベルのために、他のアーティストのレコーディングをしたがヒットはしなかった、しかしもしヒットしたらどうなるのか?古い諺にあるように、蛇のためにカエルを太らせるのにうんざりしていた。「本当はレコード・レーベルを設立したくなかった」と後に語っている。「正直に言って、それだけはしたくなかった。しかし、それらのレーベルが、私のところのアーティストをメンフィスでレコーディングさせるか、あるいはほかに連れていくか、迫ったんだ。」ナッシュビルにいるジム・ブレットJim Bulleitに資金を依頼して、レーベルの名前を考え出したが、それはサンであり、黄色とブラウンのレーベル・デザインは学校時代から旧知のアーティストの好意によるもので、雄鶏、光線を放つ半円、音符(曲にはなっていない)、円の底にはメンフィス・テネシーMemphis, Tennesseeの表記がある。

Eddie (Guitar Slim) Jones – Certainly All / Feelin' Sad – Vinyl (7", 45  RPM, Reissue), [r15214383] | Discogs78 rpm Johnny Mathis J-B 1500 (Jim Bulleit Record Co., Nashville) in V+E- |  eBay

2月に、ジャッキー・ボーイ・アンド・リトル・ウォルターJackie Boy&Little Walterの「セリング・マイ・ウィスキーSelling My Whiskey」をダビングしたレコードをメンフィスのDJ数人に送った。

Selling My Whiskey — Jackie Boy & Little Walter | Last.fm

ジャッキー・ボーイJackie BoyはボーカリストのJack Kelly、リトル・ウォルターLittle Walterはマディ・ウォーターMuddy Watersの有名なハーモニカ奏者ではなくウォルター・マンブルズ・ホートンWalter “Mumbels” Horton(リトル・ウォルターが成功した後はビッグ・ウォルターBig Walterとして知られる)だった。

MUDDY WATERS & LITTLE WALTER - playlist by josegabinoromeroarmenta | SpotifyAmazon.co.jp: Sun Records Originals: Easy : Big Walter Horton: デジタルミュージック

DJ達は好きにならず、発売されなかった。その代わりに、サムはジョニー・ロンドンJohnny Londonのインストゥルメンタルをリリースした(レーベルには「アルト・ウィザードAlto Wizard」とある)が、それはサムが気に入っていた、紛れもない才能を持つアルト・サックス奏者だった。

Johnny London – Flat Tire / Drivin' Slow | Releases | Discogs

*(1952) Sun 175-A ''Drivin' Slow'' Johnny London

「Sun 174」はレーベルにある番号で、大して売れなかったが、サン・レコードとしてはある程度商売になった。

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