ロックンロールの歴史 52

第4章 ハートランドにおける黒人の声

ルー・チャッドLew Chuddは気をもんでいた。

Marv Goldberg's R&B Notebooks - FATS DOMINO

アラディン・レーベルAladdin labelを経営していたメスナー兄弟the Mesner brothersは、ニューオーリンズに行きエーモス・ミルバーンAmos Milburnを何とかしてレコーディングさせ、エーモスによって次から次へとヒットを生み出すことになる。

Aladdin Records – Spontaneous LunacyMesner Brothers with Amos Milburn, 1953

チャドはヒューストンにあるドン・ロビーDon Robeyのピーコック・クラブDon Robey’s Peacock Clubでタレント・スカウト・ツアーをして、デイブ・バーソロミューDave Bartholomewというニューオーリンズのトランペット奏者のステージを見たが、このバーソロミューはフロリダでは超人気で、バンドにはサクソフォンのレッド・タイラーRed Tylerとリー・アレンLee Allen、体が細いが筋金入りのアール・パーマーEarl Palmerがいた。

Oxford American | Sympathy for the DevilDave Bartholomew – Golden Rule In New Orleans: King & Imperial Sides, 1950-1961 – CD (Compilation, Remastered), 2016 [r11024300] | Discogs

Amazon.co.jp: Hard Times & Cool Blues: Original Aladdin Masters: ミュージックLee Allen And His Band – Walkin' With Mr. Lee – Vinyl (7", 45 RPM, EP), 1958 [r8297502] | Discogs

Earl Palmer Discography: Vinyl, CDs, & More | Discogs

チャドはすぐにバーソロミューに契約を申し入れ、故郷のニューオーリンズでタレント探しを依頼し、見つけた芸人と契約すればボーナスをはずむことにした。数週間後、バーソロミューはチャドに対し、故郷にある唯一のコズィモ・マタッサCosimo Matassaレコーディング・スタディオで行った最初のセッションの結果を送り、ジュウェル・キングJewel Kingの「3×7=21」がすぐにトップテンのヒットになった。

Celebrating the Life of Cosimo Matassa | WWOZ New Orleans 90.7 FMJ&M Recording Studio - Cosimo Matassa - New Orleans - May … | Flickr

Cosimo Matassa was a giant in New Orleans music scene | Entertainment/Life | theadvocate.com

Jewel King Discography: Vinyl, CDs, & More | Discogs

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