スタン・フレバーグStan Frebergのようなポップ・カルチャーのコメディアンは、ロックンロール・ミュージックを馬鹿にしていた。
50年代の終わりには、連邦政府はロックンロール・ミュージックに反対していた。アメリカ国立衛生研究所The National Institute of Health(NIH)は、ロックンロール音楽が若者の性病蔓延に関係していると発表した。
FBIは、ロックンロール音楽がアメリカの子供たちの道徳心を破壊しているという声明を出していた。ロックンロールの背後には共産主義があるという報告も流れていた。
1958年、アラン・フリードはロックンロール・ショーを企画しようとしてボストンで投獄され(市は彼に来るなと警告していた)、コネチカット州ニューヘイブン市はフリードのロックンロール・ショーを全面的に禁止することを決定した。
その1年前、フリードのテレビ番組は、黒人のパフォーマーに白人の女性ティーンエイジャーとダンスをさせたという理由でキャンセルされた。
1959年にはペイオーラ・スキャンダルがあり、米国作曲家・作家・出版者協会ASCAPがリズム&ブルース(R&B)業界を攻撃し、音楽著作権管理管理団体BMI(Broadcast Music International)を潰すためにハリス委員会the Harris Committeeを利用するという受動攻撃的な行動をした。
下院小委員会は1959年11月6日、人をだますようなテレビ放送慣行に関する調査を終了した。その直後、委員会はASCAPから、全米のディージェイがレコード会社から金品を受け取って便宜を図っている(ペイオーラと呼ばれる慣行)と主張する書簡を受け取った。委員会は、ラジオ業界とレコード業界の慣行について調査を開始する義務があると感じたと言われている。音楽業界におけるペイオーラの慣行は、1863年の南北戦争以来存在していた。ラジオがライブ放送からレコード再生に切り替わったときに、それが大きくなった。アメリカでは、ペイオーラを違法とする連邦法上の規定は何もない。従って、ハリス委員会がペイオーラの調査に時間を費やした動機は何かと問わねばならない。もしこの問題がロックンロール音楽と結びついていなかったら、このようなことが行われていたかどうか、自問しなければならない。この上院議員の何人に、10代の子供が家にいたり、拡大家族に10代の子供がいたりしただろうか?今や権力闘争の問題は、社会的、政治的、そしてメディアが起こした問題になっていた。