しかしながら、アメリカのすべての若者がツイストをしていたわけではなかった。フォーク・ミュージックに向かった者もいたが、キングストン・トリオThe Kingston Trio(1月に空前となる4枚のゴールド・アルバムを受賞した)、ライムタイターズThe Lime lighters、


ハイウェイメンThe Highwaymen(この夏、「漕げよマイケルMichael(Row the Boat Ashore)」のヒットを飛ばした)、

チャド・ミッチェル・トリオThe Chad Mitchell Trioが広めたフォークに影響された音楽だけでなく、もっと本物だと感じた音楽に目を向ける者もいた。
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ミネソタではボビー・ジマーマンBobby Zimmermanが高校卒業後すぐにミネアポリスにあるミネソタ大学に入り、そこで学生のたまり場のディンキータウンで、誕生しつつあるフォーク・シーンにはまった。
そこで、ボビーはジョン・パンケイクJon Pancakeやポール・ネルソンPaul Nelsonなどの人々に会ったが、


彼らはボビーが魅力を感じた曲がいっぱい入ったレコードを集め、その中には、フォークウェイズ・レコードFolkways recordsのハリー・スミスHarry Smithが編集した「アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージックAnthology of American Folk Music」や、影響力のある他のフォークウェイズのアルバムで、ジョン・コーナーJohn Koernerやトニー・グローバーTony Gloverなど他の学生達が学ぶべき音楽素材として使っていた「ザ・カントリー・ブルースThe Country Blues」などが有った。




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フォーク普及者のオスカー・ブランドOscar Brandが所属していたエレクトラ・レコードElektra Recordsは、ダルシマーを演奏し自分の育った丘の曲を歌うケンタッキー出身の若い女性、ジーン・リッチーJean Ritchieと契約した。


このようなレコードはしばらく前から販売されていたが、フォークウェイズはさらに多くのレコードを発表し続けた。現代の音楽復活推進者であるニュー・ロスト・シティ・ランブラーズThe New Lost City Ramblersのほかにも、音楽学者ラルフ・リンツラーRalph Rinzlerが、ノースカロライナでフォークウェイズ・アンソロジーFolkways Anthologyのスターであるクレアランス・アッシュレーClarence Ashleyや自分の友人を特集したテープ「オールドタイム・ミュージック・アット・クレアランス・アッシュレーOld-Time Music at Clarence Ashley’s」を発売した。


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アッシュレーを良い状態で(実は、彼の録音は約30年ぶりだ)聴けるだけでなく、盲目の若いギタリストで、信じられないほど流麗でスピーディーな演奏をするアーセル・ドク・ワトソンArthel “Doc” Watsonまで聞けるのは、わくわくする。誰もがギターやバンジョー、あるいは少なくとも、ブルースのハーモニカ演奏者に最適なホナー・マリン・バンド・ハーモニカHohner Marine Band harmonicaを手に入れていた。

