K・ドゥー K-Doeのヒット曲まで、キーボードの天才である10代のジェームス・ブッカーJames Bookerの「ゴンゾーGonzo」以外に、

地元から飛躍できた者はあまりいなかったが、その後、クレアランス・フログマン・ヘンリーClarence “Frogman” Henryは、ノベルティの曲「エイント・ゴット・ノー・ホームAin’t Got No Home」を1958年に多少ヒットさせ、
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![Clarence Henry "Frogman" – Ain't Got No Home – Vinyl (7", 45 RPM), 1956 [r6139078] | Discogs](https://i.discogs.com/l4eIShaMOpoj-T81f2mDf7UTBotW3Ab9iic1njROPsY/rs:fit/g:sm/q:90/h:500/w:500/czM6Ly9kaXNjb2dz/LWRhdGFiYXNlLWlt/YWdlcy9SLTYxMzkw/NzgtMTQyMDg2MDY1/My0yMDQ0LmpwZWc.jpeg)
ニューオーリンズのビート臭さのある古いスタンダード・ナンバー、「(アイ・ドント・ノー・ホワイ)バット・アイ・ドゥ(I Don’t Know Why)But I Do」を、2月にチェスの子会社アーゴChess’s Argoから出して再浮上した。さあ、機は熟してきた。
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他人のためにヒット曲を作るのにうんざりしているニューオーリンズの人間はジョー・バナシャクJoe Banashakだけではなかった。

ハロルド・バティステHarold Battisteは、「ユー・トーク・トゥ・マッチYou Talk Too Much」等数多くのヒット曲をアレンジし、黒人の自決に関する書物をたくさん読んだが、その多くはネイション・オブ・イスラムthe Nation of Islamという、ニューヨークに本拠地のある変わった疑似イスラム教徒集団が出版していた。
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![Run-D.M.C. – You Talk Too Much – Vinyl (7", 45 RPM + 4 more), 1985 [r1273657] | Discogs](https://i.discogs.com/zddHqz2s0ZogPexA2_2ATNecLEpaNjKXeBSJxy52bfU/rs:fit/g:sm/q:90/h:600/w:594/czM6Ly9kaXNjb2dz/LWRhdGFiYXNlLWlt/YWdlcy9SLTEyNzM2/NTctMTIwNjM0ODQy/NC5qcGVn.jpeg)
バティステの考えは単純で、ミュージシャンの保有する共同体が、利益を分かち合い、自分たちのレコードを制作し、できるだけ黒人の所有する流通業者を使うことだ。AFOはこの春に法人化され、『みんなは一人のためにall for one』という基本的コンセプトの頭文字を表している。株主は、バティステBattiste、アルビン・レッド・タイラーAlvin “Red” Tyler(サックス)、アレン・トゥーサンAllen Toussaint(ピアノ)、



ピーター・チャック・バディーPeter “Chuck” Badie(ベース)、ジョン・ブードローJohn Boudreaux(ドラム)、

ロイ・モントレルRoy Montrell(ギター)、メルビン・ラスティMelvin Lastie (コルネット)で、


ラスティはミュージシャンの労働組合につながりを持ち、レコードをリリースして2パーセントを組合に払うのだが、のちにバティステが語ったように、これは自分たちの望んだことだった。
