オールド・タウン・レコードは翌年初めに、このレコードを管理することになる。
いろいろな契約が1961年に向けて発表されたが、これまでで最大のものはフランク・シナトラがキャピトルCapitolを離れ(ここでレコーディングしたばかりのレコードはその名も「オール・マクドナルドOl’ McDonald」と言い、友人がシナトラに、なんでもレコーディングできてヒットすると言ったので、そうしたがヒットしなかった。シナトラは契約を打ち切った)、ワーナー・ブラザースWarner Bros.と契約したことだった。


ワーナーは高額の制作契約はしなかったものの、リプリーズRepriseという名前のシナトラ自身のレーベルを提供したが、このようなものを提供されたアーティストは初めてだった。
チップマンクスは「ルドルフ 赤鼻のトナカイRudolph, the Red-Nosed Reindeer」のバージョンをリリースし、
![David Seville And The Chipmunks – Rudolph The Red Nosed Reindeer / Spain – Vinyl (7", 45 RPM, Single), 1961 [r6414018] | Discogs](https://i.discogs.com/_C0ez2iN1JjqvjiFvgCZmrP0qsvIeK04DFvABpAiaOQ/rs:fit/g:sm/q:90/h:595/w:600/czM6Ly9kaXNjb2dz/LWRhdGFiYXNlLWlt/YWdlcy9SLTY0MTQw/MTgtMTQxODY0OTE1/NC01NzEyLmpwZWc.jpeg)

アトランティックは別の美しい曲「スパニッシュ・ハーレムSpanish Harlem」を、今度はベンEキング Ben E. King でリリースした。


これはジェリー・リーバーJerry Leiberとフィル・スペクター Phil Spectorが作りプロデュースしたもので、B面はスペクターがドク・ポーマスDoc Pomusと一緒に作った「ファースト・テイスト・オブ・ラブFirst Taste of Love」だった。



フィルは大活躍だった。相変わらず、くだらない話が業界紙に載ったのだが、それは、カタールの首長が膨大なオイルマネーにあぐらをかいて、自分のハーレムのためにジュークボックスを買い、数人の宦官を通訳と一緒に西ヨーロッパへ維持修理の方法を学ぶために送ったというビルボード誌の話だ。残念ながら宦官たちは覚えられなかったので、数人のヨーロッパ人機械工を妻同伴で招聘し、住居とカタールの法律に基づいた特別報酬を与えた。ハーレムの女性たちが何を聴いていたかを示すものはないが、それはエルビスだったかもしれない。
