ロックンロールの歴史 244

 

「アイ・オンリー・ハブ・アイズ・フォー・ユーI Only Have Eyes for You」は、

I Only Have Eyes for YouFlamingos, The / I Only Have Eyes For You / Love Walked In | VINYL7 RECORDS

年初の「スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズSmoke Gets in Your Eyes」のプラターズThe Plattersバージョン同様、

Amazon.co.jp: Smoke Gets In Your Eyes : ミュージックThe Platters – Smoke Gets In Your Eyes – Vinyl (7", 45 RPM, Single), 1958 [r5527085] | Discogs

スタンダードのリメイク版で、ジョージ・ゴールドナーGeorge Goldnerのエンド・レコードEnd Recordsにおいてわずかな製作費で作られたのだが、フラミンゴスThe Flamingosが活動を始めた最初から作る運命にあった。

2025年4月 – ページ 26 – アメリカンポップス iThe End Records - Wikipedia

エコーがふんだんに使われ、オーケストラさながらの深みがあり、グループの声以外はほとんど何も使わなかった。ネイト・ネルソンNate Nelsonが物憂げに歌うバースの下で、グループが「ドバップ・シュバップ」と唱え、言葉にならない高音のファルセットの詩がこの曲を特徴づけている。ゴールドナーは、スタンダード曲をボーカル・グループが歌うこのスタイルを信じていたので、このグループにアルバム全部をレコーディングさせ、「フラミンゴ・セレナーデFlamingo Serenade」を制作したが、これは1950年代のクラシックなボーカル・グループのサウンドと、まさに生まれつつある新サウンドの間に一線を画すもので、50年代の終わりにぴったりの画期的出来事だった。

The Flamingos / フラミンゴス「Flamingo Serenade / フラミンゴ・セレナーデ」 | Warner Music Japan

それはロックンロール最高の夏では決してなかったが、最後の夏にしたいと思う勢力が集まった。3月にチャック・ベリーChuck Berryがセントルイスにクラブ・バンドスタンドClub Bandstandというナイトクラブを開店した。

The Metro StChuck Berry's Club Bandstand", 814 North Grand Blvd, St. Louis (circa 1959). *** *Picture from Chuck Berry's private footage, featured in the movie "Johnny Be Good", BBC, 1980. * **Photo copyright** © *Gillium behind the bar at Club Bandstand, with Berry far right (Source- Chuck Berry, The Autobiography) - Flashbak

この店はだれでも利用できるということをしっかり強調し、店長のフランシネ・ギリアムFrancine Gilliamは彫像のようなブロンドだった。セントルイスの黒人、白人からの最初の評判はとてもよく、成功するだろうと思われた。その一方で、ベリーはクラブ運営を続けるために、お金を稼ぎながら巡業に出て、8月にミシシッピ州メリディアンで、ハイスクール男子学生社交クラブのライブを行ったところ、白人の女の子がショーの後サイン会のごった返しの中で、ベリーに少し長すぎるキスをしてトラブルになった。その後の騒動で、保護するためとしてベリーは投獄され、ショーの出演料として支払われた750ドルは騒動を扇動した罰金として押収された。これからもっと悪いことが起こるのだ。

12月1日、チャック・ベリーと彼のバンドは、その晩エル・パソのショーで演奏する前にメキシコ州フアレスで午後を過ごしていた。彼らはサボイthe Saboyというバーに入りベンチという名前しか覚えていない男と会ったが、彼らが街を見たがっていることを聞いて、ジャニス・エスカランティJanice Escalantiという若い女性を紹介した。

The Trial of Chuck Berry in 1959 - Flashbak

ジャニスは地理に明るい点では問題なかったが、公衆の面前で酩酊したためにエル・パソの刑務所から出てきたばかりで、浮浪罪、売春に次いでこれが3度目の逮捕だった。その時、14歳のジャニスが飲酒以外にしていたことは登校拒否だった。しかし一行と意気投合し、午後の終わりに彼らがエル・パソに戻ってくると、ショーを見たいのだけれど一文無しだとチャックに打ち明けた。えーと、そうだな。アーティストはショーの後にサイン入りの写真を売ることがよくあるので、ジャニスにその仕事と儲けの分け前を提案した。それからチャックはジャニスを別のバーまで車に乗せて行き、ジャニスが着替えをしに友人のアパートに行かせようとして、その友人が現れるのを待っていた。チャックはジャニスに、何歳かをすぐに聞き、もちろんジャニスは21歳だと答え、チャックは仕事が何かと聞いた。フリーの売春婦だが、それをやめたいと認めた。ベリーはよく考えてから、クラブ・バンドスタンドClub Bandstandで、携帯品預かり係として雇いたいが、興味はないかとジャニスに聞いた。ジャニスにとっては、エル・パソやこれまでの世界から離れて、生活を一新できる。ジャニスは快諾して、残りのツアーをバンドに加わり、セントルイスで終了したが、そこでチャックはフランシーヌ・ギリアムにジャニスを紹介し、ギリアムはコツを教えてくれることになる。

すぐにフランシーヌはソーシャル・セキュリティー・カードと出生証明書を求め、ジャニスはどちらも持っていなかったが、14才には見えなかったので、フランシシーヌも騙されてしまった。それでもジャニスの仕事ぶりには問題が多く、携帯品預かり場を空にして、うろうろ歩いては常連客に話しかけていた。フランシーヌは、ジャニスを今度はドアのところにいさせたが、またしても彼女はうろついて金庫をほったらかしにした。12月17日、チャックは我慢できなくなって、ジャニスのいる家に行きクビだと告げ、荷物をまとめてエル・パソに帰る支度をするように言い渡した。バス停でチャックは片道切符といくらかのお金をあげて去った。バスが出発するまでの間に、ジャニスは男に声をかけてバーに連れて行ってもらい、間もなくクラブ・バンドスタンドに戻ってうろうろし、みんなに話しかけていた。ベリーは、ジャニスを見るとかんかんに怒り、ホテルに連れて行って酔いをさまさせた。翌日、ベリーは切符とお金を渡し、バスに乗るまで見届けざるを得ないとジャニスに言った。彼女はこれに納得せず、そこに居たままベリーに電話したが、フランシーヌが繋いでくれなかった。それから次に何をすべきかを考えながら、売春を始めた。エル・パソや昔の生活には帰りたくなかったし、ハイスクールにも戻りたくなかった。何らかの理由でアリゾナ州・ユマの警察に電話し、警察はその電話に戸惑いながらも、その場にとどまってセントルイス警察を待つように促した。すぐ後に警察が現れ、逮捕尋問し、刑事二人が彼女をクラブ・バンドスタンドに連れて行った。そこで12月22日未明、最後の出演を終え舞台から去るチャック・ベリーをマン法違反で逮捕した。これは、連邦犯罪の売春を目的とし、未成年者の州間移動を規制する法律である。

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