しかし、流行のマドラス生地を着ないティーンエイジャーたちは忙しくて、自分たちが踊れる最高の音楽を探していた。



いつも頼りになるハンク・バラード&ミッドナイターズHank Ballard and The Midnightersは、黒人のティーンがしばらくの間ダンスに熱狂しているのに気が付き、それをもとに曲を書いたが、そのレコードの裏面の方が良く売れ、ラジオでかかった。「ティアドロップス・オン・ユア・レターTeardrops on Your Letter」のB面、「ザ・トゥイストThe Twist」はある程度売れたが、ヒットするにはしばらく待つことになる。
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キング・レコードKing recordsでは他に、ジェームス・ブラウンJames Brownが、数年前のかなりひどいレコードから驚くべき復活を遂げ、「プリーズ・プリーズ・プリーズPlease Please Please」という曲も「トライ・ミーTry Me」と同じく、嘆願の歌だった。
![PLEASE, PLEASE, PLEASE [Analog]](https://m.media-amazon.com/images/I/71L8gW-9UTL._UF1000,1000_QL80_.jpg)
1959年の夏は、チャート入りしたスローなレコードの数から判断すると、暑かったかもしれない。元々イタリアのカナダ系の若者、サントとジョニーSanto and Johnnyによるスティール・ギターのインストゥルメンタル「スリープウォークSleepwalkは、史上最もスローなレコードの一つで、サミー・ターナーSammy Turnerの変わった朗読「ラベンダー・ブルーLavender Blue」も、最終的にチャートの上位にたどり着いた。
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![Sleepwalk [Limited 180-Gram with Bonus Tracks] Vinyl - Santo & Johnny Vinyl Records | Vinyl](https://vinyl.com/cdn/shop/files/4218508-2984982.jpg?v=1693273186)
そのプロデューサーはクレジットが入っていないけれどフィリップ・スペクターHarvey Phillip Spectorで、母親が息子の言語能力に注目して、国連通訳になる勉強をするためにニューヨークに送り込んだ。スペクターは従順に学校通いしたが、別の『学校』である「リーバー&ストーラーLeiber and Stollerの事務所に志願したところ受け入れられ、二人はスペクターの才能を見抜き、彼らの見守る中で遊ばせた。


若きフィリップが、夏のボーカル・グループの名作に耳を傾けたのは間違いないだろう。
