しかし、この年最高のカントリーとロックンロールのクロスオーバーはジェリー・リー・ルイスJerry Lee Lewisだった。
サム・フィリップスSam Phillipsは、ルイスがレパートリーを無限に持っているように思え、手に負えない若者のルイスには何かがあると分かったが、それが何であるかが分かっただけでは、ルイスはどうしようもない奴だった。
サムはルイスをたくさんのセッションで使ったが、ソロ・アーティストとしてどう扱ったらいいかよく分からず、ルイスには手を焼いていた。一つには、彼はいつも音楽をスポンジのようにどんどん吸収した。過去にはルイジアナ州フェリデイにおける子供時代でさえ、彼と二人の従兄、ミッキー・ギリーMickey Gilleyとジミー・スワガートJimmy Swaggartが地元のクラブの裏でたむろしていた時、彼らは幼くて入ることができなかったが、そこで演奏していた様々なブルース・シンガーを自分の中に取り込んだ。
しまいに、彼は両親を説得してピアノを買ってもらい、そこで聞いた曲の一部と教会で聞いた音楽を演奏できるようになった。
ルイスが「クレイジー・アームスCrazy Arms」に続く曲を作る段になると、サムはジャック・クレメントJack Clementが作った愉快な曲を選んだが、それは「イットル・ビー・ミーIt’ll Be Me」という、不安に駆られた男が思いもよらぬいろんな場所でガール・フレンドをストーキングするもので、ルイスは2月のある日、セッションで自分のものにしようとしていた。
ある時バンドが休憩を取り、誰かがある曲の話をしたのだが、それは、ジョニー・リトルジョンJohnny Littlejohnという男のバックで演奏するときに、ジェリー・リーがいつも口に出していた無名のビッグ・メイベルBig Maybellの曲で、1953年にウェッブ・ピアースWebb Pierceのピアノ演奏者ロイ・ホールRoy Hallが録音したものだった。
ジェリー・リーは、しばらく考え、どんな曲だったかを思い出そうとし、合点がいったので狂人のようにピアノをたたき、ブギウギを大きな音で演奏し、がたがた揺れる倉庫のパーティーに招き入れようと「ホール・ロッタ・シェイキン・ゴーイン・オンWhole Lotta Shakin’ Goin’ On」を大声で歌い始めた。
これは「イットル・ビー・ミーIt’ll Be Me」のために必要な気分転換で、それが終わると仕事に戻った。