「ウービー・ドゥービーOoby Dooby」以降オービソンはしばらくヒットがなく、その歌詞は本当にくだらないものだが、くだらない歌詞というのがアメリカのポピュラー音楽の一部なのだ。
例えば、バージニア州で事故の前夜、カール・パーキンスが紹介されたあの男の子、つまり、「印象的な昔なじみの曲」の彼を例に挙げよう。それは、ユージーン・ビンセント・クラドックEugene Vincent Craddockで、ロイ・オービソンRoy Orbisonのようなティーン・アイドルではまるでないし、足は不自由で顔はやつれていたが、最初のレコードは彼が好きな漫画本のリトル・ルルLittle Luluから着想を得た「ビーバッパルーラBe-Bop-A-Lula」という曲で、トゥッティ・フルッティTutti Fruttiと並んで最高にナンセンスだった。
しかし全くナンセンスというわけではなく、イカシていて(ひどくゆっくりしていたが)、悪いことが起こりそうな(ボーカルは不吉に震え)、性的憧れの匂いがプンプンしている(というのは、「ビーバッパルーラBe-Bop-A-Lula」は彼に「もっと、もっと、もっと」くれる女の子だから)。クラドックはキャピトル・レコードでジーン・ビンセントGene Vincentに改名したが、人々がこれぞエルビスというものを体現していた。21歳で、ヒルビリーのチンピラをしていて、アルコールや薬物の問題を起こし、女と突飛でどぎつい行動を何回もしでかした。彼は、素晴らしいロックンロール・バンドのリーダーでもあり、このバンドはThe Blue Capsブルー・キャップスと言い、ノーフォークの船乗りに料理を提供するバーで働いていた連中で、本当に素晴らしいギタリストのクリフ・ギャラップCliff Gallupが売りだった。
ビンセントは感情の起伏があったり、キャピトル・レコードは彼の最初の楽曲が突然ヒットして不意打ちを食らわせられたりして、彼をどう扱ったらよいか分からなかったので見過ごされ、ブルー・キャップスは更にほったらかしだった。