平均的な白人のティーンエイジャーは、50年代にはロックンロール・ミュージックに関連する経済的購買力(第二次世界大戦前のティーンエイジャーには購買力がなかったのだが、その理由は、彼らが持っているお金は家族のものになったからだ)を大いに持ったが、政治闘争を行う力はほとんどなかった。
ペイオーラ・スキャンダルの影響として、ラジオ会社やレコード会社のその後のビジネスのやり方を変えたが、ロックンロール音楽に関する白人ティーンエイジャーの購買力にダメージを与えたり、変えたりすることはほとんどなかった。50年代の白人ティーンエイジャーがロックンロール・ミュージックに共感した特定の原因や理由はない。しかし、ティーンエイジャーと大人の間の権力闘争心理の結果、ティーンエイジャーが自分たちだけの音楽を持つことになったという事実を無視することはできない。
思春期の重要な部分は分離の心理学であり、大人になるために家族の中で大人(親)から分離することである。ジェイ・ヘイリーJay Haleyやジョン・ウィークランドJohn Weaklandのような家族セラピストは、これを家族のライフサイクルにおける家を出る過渡期と表現している。思春期と大人の間の権力闘争は、家族のライフサイクルにおける思春期の大人への移行にとって非常に重要である。Haleyは、これがうまくいかないと家族の機能不全につながると指摘している。彼は、統合失調症がこの機能不全の結果であるとさえ示唆している。
思春期の子どもたちは、人間の行動におけるこの正常な課題を達成するために、常にさまざまな行動をとってきた。どの世代の青少年も、権威に反抗するためにさまざまな方法を選んできた。40年代の子供たちは、自分たちの音楽で反抗することはなかったが、親と違う服を着ることで反抗した。
40年代は、ティーンエイジャーの通常の反抗的な行動にどう対応するかについて、親(大人)にとっては簡単な時代だった。しかし、ジェネレーション・ギャップに直面するすべての大人と同じように、成功する者もいれば、そうでない者もいた。50年代の大人世代は、当時のティーンエイジャーの反抗というそれまでと異なる行動に対処した。アメリカは良くも悪くも変化し、ティーンエイジャーたちは大人たちとの権力闘争に身を置いていた。
親たちは繁栄を謳歌し、物欲に駆られ(しばしば子供たちを顧みなかった)、一方でスポック博士が親たちに子育てのあり方について影響を与え(子供たちに自立心と自分らしくいられる自由を与え)、冷戦を恐れ(意識しないような態度を取っていたが、恐怖を抱いていた)、(子供たちを失望させないために)物質主義で子供たちの必要を満たすことで、家を出て大人になるまでのプロセスを長引かせた。ティーンエイジャーと大人の間の権力闘争は、以前の世代よりも激しかったと言っていいだろう。
ロックンロールをめぐる権力闘争も例外ではなかった。映画『乱暴者The Wild One』の中で、マーロン・ブランドMarlon Brandoは「何に反抗しているんだ」と問われ、ブランドは「あんたに何が分かるんだ」と返した。
ロックンロールは、大人たちに反抗するための格好の手段であったと同時に、楽しむための素晴らしい音楽でもあったのだ(鶏が先か卵が先か?) 大人たちはこのティーンエイジャーとの権力闘争をうまく処理できなかった。ロックンロール・ミュージックを阻止しようとすればするほど、(ティーンエイジャーにとって)ロックンロール・ミュージックの人気と需要は高まっていった。政府、メディア、政治、一般的な仕事に携わる大人たちがロックンロールを止めようとすればするほど、ラジオやレコード業界はロックンロールの演奏を増やし、レコードを作るようになった。言い換えれば、大人たちは普通の困難(ティーンエイジャーがロックンロール・ミュージックを通じて自分たちのアイデンティティを求めること)を問題に変えた(問題をエスカレートさせた)のだ。アラン・フリードAlan Freedとディック・クラークDick Clarkは、1955年からロックンロールを新しい方向へと向かわせることで、その手助けをした。
彼らが50年代のロックンロールに反対する勢力からロックンロールを救ったという人も多い。