リーバーとストーラーは以下の曲も書いた。
クライド・マクファターClyde McPhatterの「ユール・ビー・ゼアYou’ll Be There」、チアーズThe Cheersの「ブラック・デニム・トラウザーズBlack Denim Trousers」、ジョー・ターナーJoe Turnerの「チキン・アンド・ザ・ホークChicken And the Hawk」、
エタ・ジェイムズEtta Jamesの「ティアーズ・オブ・ジョイTears Of Joy」、ルース・ブラウンRuth Brownの「ラッキー・リップスLucky Lips」、ラバーン・ベイカーLaVern Bakerの「ホイッパー・スナッパーWhipper Snapper」と「セイブドSaved」、
ウィルバート・ハリソンWilbert Harrisonの「カンサス・シティKansas City」、サミー・ターナーSammy Turnerの「フォーリンFallin’」、ペギー・リーPeggy Leeの「イズ・ザット・オール・ゼア・イズIs That All There Is?」
アトランティック・レコードとブリル・ビルディングでソングライターとして大成功を収める一方で、リーバーとストーラーはレッド・バード・レコードRed Bird Recordsと別のレコード・レーベル契約を結んだ。レッド・バード・レコードを所有することで、若い才能あるプロデューサーやソングライターを迎え、1964年にディキシー・カップスThe Dixie Cupsの「愛のチャペルChapel of Love」やシャングリラスThe Shangri-Lasの「リーダー・オブ・ザ・パックLeader Of the Pack」のようなガールズ・グループ・サウンドを生み出すことができた。リーバーとストーラーは音楽業界で活躍し続け、しばらく前には「スモーキー・ジョーズ・カフェSmoky Joe’s Café」というブロードウェイ・ショーも成功させた。
2011年8月22日、ジェリー・リーバーがLAで死去し、我々はロックンロール音楽界の偉大な巨人を失った。ジェリー・リーバーとマイク・ストーラーは共にロックの殿堂とソングライターの殿堂入りしている。