ペイオーラやらチャック・ベリーの不幸な出来事やらで、ロックンロールの評判が悪い中、フィラデルフィアにあるレーベルの若いアーティストたちが演奏する斬新なレコードや『良い音楽』は、多くのティーンエイジャーにとって音楽の源泉になっていた。ブライアン・ハイランドBryan Hylandという者が「ビキニスタイルのお嬢さんItsy-Bitsy, Teenie-Weenie Yelow Polka Dot Bikini」の物語をリリースし、このレコードは繰り返しかかった。

レイ・ピーターソンRay Petersonは、燃え盛るレース・カー事故の中で死にゆく少年が歌う、「テル・ローラ・アイ・ラブ・ハーTell Laura I Love Her」という最新のデス・ソングを演奏した。

この曲が8月にイギリスでリリースされると禁止になった。しかし、すべてのティーンのポップ・シンガーたちのレベルがひどかったわけではなく、エバリー・ブラザースThe Everly Brothersはヒットを連発しつづけていたし、エイカフローズAcuff-Rose出版との取引によってサン・レコードSun Recordsから誘った男は、出版社の新レーベルのモニュメントMonument Recordsから最初の曲を発売した。




「オンリー・ザ・ロンリーOnly the Lonely」はロイ・オービソンRoy Orbisonらしさが発揮され、「ウービー・ドゥービーOoby Dooby」を歌った男と同じなのだが、なんという感情表現の違いだろう!



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新しい愛を通して救われたいと思う、孤独で混乱したティーンエイジャーを登場させ、オービソンはブリッジで高音域を広げ、エネルギッシュで素晴らしいオーケストラをバックにして、最後に高音で終わり、そこから優雅にコーラスを終えている。アメリカ中(そして後にイングランド)のティーンエイジャーたちが曲の中で、オービソンは分かっていると強く感じ、オービソンとプロデューサーたちは自分たちが良いところに気づいたと思った。ここでモニュメント会長のフレッド・フォスターFred Fosterは、彼の外見について何かできるかと熟考した。

オービソンはほとんど目が見えず、寄り目は気がかりだった。彼の最初のアルバムのロンリー・アンド・ブルーLonely and Blueのカバーで、彼はドライブイン・バーガー店において一人で車に乗っていた。

テレビで彼をそんな風に見せるのは難しかっただろう。そこでフォスターはひらめいた。「彼にサングラスをかけさせる。」スターが誕生した。(というよりも、もっとざっくばらんに言えば、ある晩オービソンはいつもの眼鏡を飛行機に置き忘れ、ステージに登る準備をしていた時に度付きサングラスしかもっていなかったので、代わりにそれをかけ、フォスターがそれを続けるように主張したのだ。)


