レノンの母親のジュリアJuliaは子育てをできず(父親は数年前にいなくなった)、自由奔放な生活スタイルは10代の子供を育てるには好ましくないので、レノンは母方のミミMimiおばさんと暮らしていたが、芸術大学の最終学年になっても将来の計画はなかった。
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ミミは厳しかったが公正で、ちゃんとした仕事に就き、立派な家に住む独身女性で、レノンの世話を見て、妹である母親はよく訪ねてきた。ジュリアが訪ねてきて別れるときには、たいていバスに行く途中までミミが歩いて行ったが、7月15日に、ジョンの友達のニゲル・ウォリーNigel Walleyがジョンを探しに来て、ジュリアが代わりに一緒に歩いて来てほしいと頼んだ。

ウォリーがジュリアと別れて家に戻ろうとした矢先、キーっというブレーキとドシンという音が聞こえ、ジュリアは車にはねられて即死した。母親の突然で思いもよらない死は、ジョンを深いうつ状態に引きずり込み、好ましくない性格が表面に現れ、人をいびったり、自分と違う人に対して皮肉っぽくなったり、冷酷になったりして、それをユーモアとして押し通した。ところが、ジョンは学生パブで新しい友人、ストゥワート・サトクリフStuart Sutcliffeに出会い、すべての点で正反対だったが(ストゥワートは絵画や芸術に対して真摯で、すごい才能があったが気さくだった)、二人は友人になった。

ストゥはジョンが芸術を語れる相手であり、新しい友人である彼の作品を畏怖していた。クオリー・メンは名前をジョニー&ムーンドッグズJohnny and The Moondogsと変えたものの、あまり仕事がなかったので、ジョンが没頭できる芸術を持っていたことは良かった。


スター・サーチStar Searchというテレビ番組のオーディションを受けて合格し、マンチェスターで番組前半の演奏をしたのだが、番組が終わる前にリバプール行き最終列車が出発したので、受賞(テレビ番組に登場できる可能性がある)したかどうかが分からなかった。
一縷の望みはあった。それからラリー・パーンズLarry Parnesが町にやってきてロニー・ウィッチャリーRonny Wycherlyと契約し、ロニーはすぐにビリー・フューリーBilly Furyに改名した。

その後、クリフ・リチャード&ドリフターズCliff Richard and The Driftersの「ムーブ・イットMove It」は爆発的な勢いでラジオから流れ、ムーンドッグズThe Moondogs(すでに再び名前を変えようとしていた)は順調だと知った。

