近所の人たちは、何が起こっているかすべて気が付いていて、ある日郵便局員をしているソングライターでミュージシャンのロバート・タリーRobert Tallyが、友人のルーファス・トーマスRufas Thomasに、町に新しいレコーディング・スタディオができたと話した。
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タリーと、その友人で葬儀屋を営むソングライターは、スタディオは完成していなかった (ジムはラジオ放送局のジングルをすでに数曲録音していた)のに、そこで何回かデモ・セッションを行い、最新の機器とそこを運営していて信頼できる白人だけでなく、でき栄えを気に入った。ルーファスはサン・レコードSun recordsから「ベア・キャットBear Cat」をリリースして以来、あまり多くレコーディングの経験はなかったが、レコーディングは細々と続け、長く埋もれていたレスター・ビハリLester BihariのメテオールMeteorレーベルで数局録音し、もちろんWDIA局で自身のラジオ番組も持っていた。





そして、8月のある日、ルーファスとまだハイスクール在学中の娘のカーラCarlaが車に乗り、マクルモア・アベニューまでやって来て、玄関を入った。

この頃までに、エステルはかつてのお菓子売り場用カウンターでサテライト・レコーズ店を開店していて、エステルはルーファスを評判やラジオ番組で知っていた。


エステルはジムに電話すると、訪問したルーファスに会ったことがあるので驚いたが、その時ルーファスはベルトーンズThe Veltonesのレコードの宣伝をしていた。ルーファスの白人に対する懸念があったにもかかわらず、ジムとシングルを出す取引がまとまり、ピアノを演奏するルーファスの息子とロバート・タリーRobert Tallyのバンドを使って、ルーファスがデュエット用に書いた「コズ・アイ・ラブ・ユーCause I Love You」を録音することになった。

バンドを少し拡大することがすぐに決まり、知り合いのバリトン・サックス・プレーヤーで、ブッカーTジョーンズBooker T. Jonesという名前のハイスクール生徒を誰かが行って連れてきた。

サテライト・レコーズ店を受け持っていたスティーブ・クロッパーSteve Cropperが来てギターを演奏した。

チップス・モマンChips Momanが制御盤を操作し、それからルーファスがテイクの間に書いたB面をさっと仕上げた。

セッションが終わると、ブッカーT Booker T.はモマン、クロッパーと雑談して、もし必要ならピアノも弾くと伝えた。
