ジェリー・リーの最初のイギリス公演の舞台裏では、多くのファンが長い間待ち伏せして一緒に写真を撮ろうとしていた。

その中の一人に、他の人より明らかに肌の黒いハリー・ウェッブHarry Webbがいて、祖母がスペイン系でインドに育った外交官の息子ハリーは、独立後の動乱中に家族と一緒に家族ともども国外退去させられた。

若いハリーはスキッフル・グループに加わり2I’sで演奏したが、本心を言えば本当の興味はそこになかった。最終的に脱退して、ドリフターズThe Driftersというトリオを形成し、エルビスのナンバーを何曲かマスターした。

ドリフターズの2回目のコンサートの際、ステージ裏で写真を撮ろうとしていた男の一人が現れて、リード・ギタリストが欲しくないかと尋ね、イアン・サムウェルIan Samwellが突然ドリフターズ・メンバーになった。


北の方のコンサートに招かれ、プロモーターは、単なるドリフターズより、二つの部分に分けた名前の方が良いと考え、ハリー・ウェッブはあまりパッとしないので、ハリーはまた改名してクリフ・リチャードCliff Richardになりスタートした。

彼らは戻ってくると、他のギタリストを解雇して、以前お笑いタレントをしていたジョージ・ガンジョウGeorge Ganjouと契約し、ジョージは数曲注意深く聴いてから、デッカかコロンビアと契約したいかを尋ねた。グループはコロンビアを選び、7月末にスタディオに行ってレコード会社が選んだ「スクールボーイ・クラッシュSchoolboy Crush」を録音し、コロンビアはこの曲がヒットするに違いないと思って、B面用にグループ自身の曲を一つ急いで録音させたが、それが「ムーブ・イットMove It」だった。



それからレコードをプレスして、「スクールボーイ・クラッシュ」の出版者であるアバーバック・ミュージックAberbach Musicが、売り上げを伸ばすためにあちこちの売り込み人に送った。その販売促進担当が立ち寄った場所の一つがジャック・グッドJack Goodオフィスで、「スクールボーイ・クラッシュ」を聞いたが気に入らず、今にも販売促進担当に出て行ってくれと言おうとしながら、そこでなぜか、レコードをひっくり返した。
グッドは興奮して汗をかき始め、どこでドリフターズを見られるかを尋ねた。グッドは、他の誰かが彼らを知る前に、「オー・ボーイ!Oh Boy!」という新しいITVネットワークの自分のテレビ番組に、出演させなければいけないと思った。
グッドは、「ムーブ・イットMove It」をかけてマーティ・ワイルドMarty Wildeに聞かせたところ、マーティは「うん、素晴らしい、でも、もちろん、こんなサウンドはイギリスでは手に入らない」と言った。

「歌っているのは、ハートフォードシャー出身のクリフ・リチャードで、「オー・ボーイ!」に出演予約したばかりだ」とグッドは答えた。


