トミー・スティールTommy Steeleの弟、コリン・ヒックスColin Hicksはマネージメント契約を結び、


レグ・スミスReg Smithも契約を締結してロンドンに引っ越した後レグ・パターソンに改名したが、ロンドンで一番人気のあった事務所のラリー・パーンズLarry Parnesと契約した後は、マーティ・ワイルドMarty Wildeになった。


テレンス・ネルハムスTerence Nelhamsは、3か月間2I’sでスポットの演奏をしていたが、まだ契約はしておらず、バイパースThe Vipersのメンバーに、バイパースをやめると打ち明けた。



テレンスは芸名をテリー・デンバーTerry Denverに変えたがうまく行かなかった。しかし、彼とそのグループのウォリード・メンThe Worried Menは、夏の間バイパースがツアーに行くにあたって苦労してハウス・バンドにまで上り詰めた。
するとすぐにテレビ・プロデューサーのジャック・グッドJack Goodがバイパースを見に来た。

バイパースは数人の歌手(ミッキー・モストはギターを演奏)のバックで録音し、テリーはグッドGoodのアドバイスによってソロになり、名前を再度変更して今度はアダム・フェイスAdam Faithになった。
ラリー・ページLarry Pageは、クリケッツThe Cricketsの「ザットゥル・ビー・ザ・デイThat’ll Be the Day」のイギリス盤レコードを出す栄誉にあずかった。
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もちろん、イギリスの若者がオリジナルを聞くとページ盤に見向きもしなくなったが、彼のキャリアは始まり、ツアーに呼ばれ、バンドが必要になった。


それで当然ページは2I’sに行くと、そこにはギタリストのイアン・マクリーンIan McLeanがいて仕事を探していた。ページは、ベイシストのジェット・ハリスJet Harrisやドラマーのレイ・テイラーRay Taylorもいるページ・ボーイズThe Page Boysに参加するためのテストを受けに演習会場に来るように言った。
