次に起こったことは、コシュミダーがビートルズに30日前の退去通知を言い渡しのだが、その前に、ハー・ハリソンHerr Harrisonはわずか17歳で就労許可の資格がないことを、警察が発見したという通知があったと言った。

もちろん、彼らの就労許可をコシュミダーは受け取っていないのだから、持っているわけはなく、コシュミダーはたぶんウィリアムズとの激しい喧嘩の末の結果だったのだろう。

ウィリアムズはリバプール出身のジェリー&ペースメーカーズGerry and The Pace makersを、憎きライバルのペーター・エクホルンPeter Eckhornのトップテン・クラブTop Ten Clubに出演予約したからで、これは契約違反であり、ウィリアムズはすぐに無効であるとの通告を出した。


一方、ビートルズはトップテンthe Top Tenまで行って、ラリー・パーンズLarry Parnesのかつてのクライアントであるトニー・シェリダンTony Sheridanを見たが、トニーはハンブルクにすっかり居ついてファンも多く、1961年4月にクラブで演奏するという契約をエクホルンと結んでいた。


ビートルズはコシュミダーからクビにされたので、バンビのみすぼらしい部屋の壁にコンドームを画びょうで留めて火をつけた。

被害はなかったが、警察はポール、ピート、ジョンを逮捕し、ストゥは婚約したばかりのアストリッドと一緒に自首した。

起訴されなかったが、ポール、ピートは空港で手錠をかけられたまま国外退去となり、30日以内に訴えがなければドイツへ入国禁止となった。ジョージはすでに国外に退去してオランダのフークにいた。ジョンは、ただ一人合法的に滞在していたストゥと一緒にさらに数日間うろついていた。めちゃくちゃだ。早くまた演奏したかった。
