ロックンロールの歴史 331

 

南に下ってナッシュビルでは、ジョセフ・アリントン・ジュニアJoseph Arrington Jr.がジョー・テックスJoe Texと名乗って演奏し、ダン・ペンDan Pennの「ミート・ミー・イン・チャーチMeet Me in Church」をレコーディングした。

Joseph Arrington Jr. (better known as Joe Tex; was an American singer and  musician who gained success in the 1960s and 1970s with his brand of  Southern soul, which mixed the stylesDan Penn – The Fame Recordings | Releases | Discogs

これらのシンガーのほとんどは、ゴスペルの最新流行のドラマティックなソロの歌い方で演奏し、グループにサポートしてもらうこともあった。パイオニアはクララ・ウォードClara Wardで、クララ・ウォード・シンガーズThe Clara Ward Singersと一緒にナイトクラブで演奏を始めた。

I Feel the Holy Spirit

このグループからは、この時代の別の著名なスターであるマリオン・ウィリアムズMarion Williamsが誕生し、彼女らがラングストン・ヒューズLangston Hughesの1961年のショー、ブラック・ネイティビティBlack Nativityに登場した時に、マリオンのスターズ・オブ・フェイスStars of Faithは、オフ・ブロードウェイで大評判になった。

THE BEST OF MARION WILLIAMS(CD) - BLUES専門店 WALTER'S JUKE/CD・レコード通販Amazon.co.jp: Langston Hughes in Context (Literature in Context) :  Kutzinski, Vera M., Reed, Anthony: 洋書Black Nativity' Debuts on Broadway - African American RegistryThe Stars Of Faith - Gospel Songs | Deezer

ウォードとウィリアムズのスタイルの継承者は、デトロイトの最も有名な黒人牧師の一人であるレバランドCLフランクリンReverend C.L. Franklinの娘で、その牧師の説教を録音したLPはチェスのゴスペル・シリーズを支えた。

Rev. C.L. Franklin - Satan Goes To A Prayer Meeting - Amazon.com MusicReverend C.L. Franklin And Aretha Franklin – Never Grow Old – CD (Album),  [r10903330] | Discogs

アレサ・フランクリンAretha Franklinは14歳の時、チェス・レコードにおいて初のレコーディングを教会のライブで行ったが、そこでは彼女の声が天まで登って行くにつれ、驚いた聴衆が「彼女を聞いて!彼女を聞いて!」というのが聞こえる。

Did you know Aretha Franklin recorded her first gospel album at just 14  years old? Before she was the Queen of Soul, she was a church-trained  prodigy whose voice carried generations. This

18歳の時には、父親の賛同を得て友人のサム・クックSam Cookeと同じ道を追い求めた。

65 years ago today, 18 year-old Aretha Franklin released her debut album, ' Aretha.' What are your favorites from Aretha's debut? Fun fact: Spike Lee's  father, Bill Lee, played bass on most of

この直後、ジョン・ハモンドJohn Hammondがアレサをコロンビアと契約させたが、それが有名になることの切符だった。

ジョン・ハモンド - Apple MusicJohn Hammond & Aretha Franklin

残念なことに、コロンビアで長い間A&Rのヘッドだったのはミッチ・ミラーMitch Millerだった。彼は、ロックンロールを軽蔑していることで知られ、延々と続くアルバム「シング・アロング・ウィズ・ミッチSing Along with Mitch」で有名だった。

Sing Sing Sing Along With Mitch

コロンビアには黒人音楽がほとんどなく、フランクリンはジャズ部門に追いやられ、そこではレイ・ブライアント・トリオRay Bryant Trioと他のライト・ジャズ・コンボがバックに付いた。

Ray Bryant Trio

彼女のシングルは、この時点で出てきた他のジャズの45回転盤と一緒に黒人用高級ジュークボックスに装てんされたが、売り上げは芳しくなく、ナイトクラブとジャズ・クラブを巡業して演奏したものの、あまりたくさんのファンを惹きつけなかった。彼女の歌を聞いて、レコード会社から受けているひどい扱いによる欲求不満で歯ぎしりをしている者の中に、アトランティックAtlanticのジェリー・ウェクスラーJerry Wexlerがいたが、彼女は契約でがんじがらめになっていて、コロンビアは契約を延長し続けた。

Remembering Jerry Wexler: A Music LegendRemembering Jerry Wexler, Co-Head of Atlantic Records and Coined Rhythm and  Blues