カリフォルニアでは学校が終わり、ビーチ・ボーイズThe Beach Boysはキャピタル・レコードとの新契約で何ができるかを試すチャンスができた。


カールとデニスのウィルソン兄弟Carl and Dennis Wilsonは高校生、アル・ジャーディンAl Jardineとブライアン・ウィルソンBrian Wilsonは短期大学生で、ブライアンは曲作りに夢中に取り組んでいた。


しかし、スタディオに入るまでには、ジャーディンが歯学部に戻ることを決めたので外れ、カールの友人のデイビッド・マークスDavid Marksが歌を担当しないギター演奏者としてグループのメンバーになった。

ビーチ・ボーイズをキャピトルと契約させたニック・ベネットNick Venetが、レーベルのために彼らが作ったデモ・テープに入っている、ブライアン・ウィルソン&マイク・ラブBrian Wilson-Mike Loveの「サーフィン・サファリSurfin’ Safari」という曲を録音すべきと主張したが、B面にはサーフィンでない曲を望んだ。
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そこでブライアンBrianと、近所に住んでいていくつかのバンドにいた経験のあるゲーリー・アシャーGary Usherが、今後数多く共作する中の最初の曲となる「409」を作ったが、これは348シェビーChevyのボンネットの下に付ける、アッシャーの欲しがっていた「409」というエンジンへの賛歌だった。




自動車の音はアシャーの348で、彼がウィルソンの家のそばを通り過ぎるときにテープ・レコーダーで録音した。ふたを開けてみれば、B面の保険はほとんど必要なく、「サーフィン・サファリ」はヒットして14位まで上り夏中チャートにいたし、ラジオでもかかったが、「409」は70位台半ばに1週だけいて、その後消えた。しかしこれでアシャーにアイデアが浮かび、その後およそ1年間、スタディオ・ミュージシャンによる架空のバンドによる、自動車嗜好のレコードを更に企画することになった。ヒットしたという事実によって、キャピトルはアルバムを制作することが必要になり、急いで人をかき集めたのだが、そこには「サーフィンSurfin’」の再レコーディング、


1959年のギャンブラーズThe Gamblersの有力なインストゥルメンタル「ムーン・ドーグMoon Dawg」のカバー、
![The Gamblers – Moon Dawg! / LSD-25 – Vinyl (7", 45 RPM, Styrene), 1960 [r2937326] | Discogs](https://i.discogs.com/00ssxl1xaMJw_xXB4oJzzo2IHFi83WWfyUTickJjvgs/rs:fit/g:sm/q:90/h:432/w:433/czM6Ly9kaXNjb2dz/LWRhdGFiYXNlLWlt/YWdlcy9SLTI5Mzcz/MjYtMTMwODE0ODc1/OC5qcGVn.jpeg)
ガレージ・バンドならこの頃知っておかなければならないエディ・コクランEddie Cochranの「サマータイム・ブルースSummer-time Blues」の別バージョンが入っていた。


