とにかく、ティーンエイジャーの流行が夏前には生まれることはないが、3月にレイ・チャールズRay Charlesがアメリカ・ポップ・ミュージック界に爆弾を落とした。

「モダン・サウンズ・インカントリー・アンド・ウェスタン・ミュージックModern Sounds in Country and Western Music」は、アトランティックがずいぶん昔にレイに与えた「天才」という称号をまだ持っていることを証明した。

チャールズは、キャリアの初期にシアトルでカントリーの名曲をレパートリーとして演奏し理解していたが、今や自分のものにし、それを歌うときには、純粋にレイ・チャールズのものとして表現した。チャールズのアルバムから生まれた最初のシングルがその証拠で、「アイ・キャント・ストップ・ラビング・ユーI Can’t Stop Loving You」は作曲者ドン・ギブソンDon Gibsonと、キティ・ウェルズKitty Wellsにとって1958年のヒットで、二人ともミディアム・シャッフルのリズムに乗せて歌詞にある後悔を表現した。
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レイ・チャールズの手にかかると、2行目の『むだだけど、やってみた』を苦悩しながら歌うことで後悔が滲み始め、スロー・テンポによって彼の苦悩をたどることで一層悲しい曲に仕上がった。裏面の曲、テッド・ダファンTed Daffanの40年代オールディーズ「ボーン・トゥ・ルーズBorn to Lose」は、陰鬱なテンポで演奏し、ブルースを曲に持ち込んでいる。


チャールズは、もっとも洗練されたポップ・リスナーが、陳腐で古くさく、せいぜい変わっているぐらいにしか考えないような、そして、ギブソンGibson、シンディ・ウォーカーCindy Walker、ウィリー・ネルソンWillie Nelson、ハーラン・ハワードHarlan Howardなどの例外は別にして、ソングライター達が今や記憶に残らないような曲を量産していたジャンルのど真ん中に飛び込んだのだ。


このリスナーたちはレイのジャズ・アルバムを買い、ホーギ―・カーマイケルHoagy Carmichaelが作った「ジョージア・オン・マイ・マインドGeorgia on My Mind」のチャールズ・バージョンを称賛した。


(実際、「アイ・キャント・ストップ・ラビング・ユー」が1位の座をついに明け渡すと、その後のレイの曲はシンディ・ウォーカーCindy Walkerの「ユー・ドント・ノウ・ミーYou Don’t Know Me」だった。)


みんなから見向きもされない曲であっても、時間をかけて本質を追い求めれば、感動を得られることを発見したことによって、誰もが犯すような一面的な見方を戒め、その曲から生まれる売り上げを考えれば、とても儲かることを明らかにした。
