また、チャック・ベリーChuck Berryとボ・ディドリーBo Diddleyのツイストのアルバムが、(レコード会社によってツイストとして編集されて)リリースされた(当人はそういうことが起きていることは知らず、いかなるツイスト関連の曲もレコーディングしたことは無かったようだ)。
![ツイスト+7 [SHM-CD][CD] - チャック・ベリー - UNIVERSAL MUSIC JAPAN](https://content-jp.umgi.net/products/ui/UICY-78362_gIZ_extralarge.jpg?04072017073236)

ボビー・ライデルBobby Rydellとチャビー・チェッカーChubby Checkerも「ティーチ・ミー・トゥ・トゥイストTeach Me to Twist」を発売したがボビーは歌いたいと要求するのが少し遅れ、
![BOBBY RYDELL / CHUBBY CHECKER: Teach Me To Twist / Swingin' Together (45 RPM 7" Vinyl) [Cameo C-214, 1962]: Amazon.ca: Music](https://m.media-amazon.com/images/I/A1HTdta5XJL._UF1000,1000_QL80_.jpg)
![Bobby Rydell / Chubby Checker – Teach Me To Twist – Vinyl (Monarch Pressing, 7", 45 RPM, Single), 1962 [r15709209] | Discogs](https://i.discogs.com/iL73WEDF-9nTFZsBKr40e-_EDUFyDgRV6hu5Vi3M5nw/rs:fit/g:sm/q:40/h:300/w:300/czM6Ly9kaXNjb2dz/LWRhdGFiYXNlLWlt/YWdlcy9SLTE1NzA5/MjA5LTE1OTYzMzc4/MzUtMTU0Ni5qcGVn.jpeg)
アーメット・アーティガンAhmet Ertegunはビルボード誌に、何があっても大衆はツイストをし続けると語ったが、ペパーミント・ラウンジPeppermint Loungeに常に居る彼なら、そのことがわかっているはずだ。

しかし、ツイストがいったん世界のアーメット・アーティガン達に採用されると、もはやティーンエイジャーのものではなくなったものの、ティーンエイジャーの数は再び増加していた。南カリフォルニアのうち、ロサンゼルス南郊外のホーソーンでは、ティーンエイジャーたちが、自分たちの手で何とかし始めた。
「サーフィンは僕にとって唯一の生活であり、ただ一つの道だ」と彼らは歌うが、「彼ら」とは3人兄弟と従妹2人だ。ところが彼らのうち、デニス・ウィルソンDennis Wilsonしかサーフィンをせず、カールCarlとブライアンBraian兄弟2人は、アル・ジャーディンAl Jardineとマイク・ラブMike Loveの従兄たちと同様、むしろ音楽に夢中だった。




しかしウィルソン家族は父親のマレーMurray Wilsonが率いていて、マレーは音楽の分野では成功しなかったが、ロサンゼルスの音楽業界にはたくさんのコネがあり、子供たちが「サーフィン」のレコードを作りたいと言った時、ガレージの中で作ったテープをレコードにプレスするお金を出してやった。

魅力的なボーカルのハーモニーと、ブライアンがごみ箱で演奏したストンプ・ビートが入っていた。キャンディックスCandixレーベルからビーチ・ボーイズThe Beach Boys(以前はサーファーのユニフォームになっていた感もあるフランネルのシャツで格子縞のペンドゥルトンPendletonを参考にしてペンドゥルトーンズThe Pendletonesだったが、その前はボーカル・グループのカール&パッションズCarl and The Passionsだった)としてリリースした曲は、この春72位どまりだったとは言え、この曲がいかにボロボロだったかを考えれば注目に値する。

(B面はインストゥルメンタルの「ルーアウLuau」。)マレーはコネを頼って、キャピトル・レコードCapitol recordsの友人何人かに聞いてもらったところ契約を申し出てくれた。
