3月はカールにとってレコーディングやら演奏やらで、あっという間に過ぎ、4月にはオザーク・ジュビリーOzark Jubileeというテレビ番組に出演した。
そしてサムはカールにニューヨークの全国番組ペリー・コモ・ショーに出演が決まったと伝えた。
サムが言わなかったことは、ブルー・スエード・シューズに対してゴールド・ディスクが、カールにサプライズで授与し、驚かせることになっているということだ。
これは、100万ドル相当のレコードが売れたとアメリカレコード協会 Recording Industry Association of Americaが認定するものだ。
サムは、バンドが格好よくニューヨークに行けるようにクライスラー・リムジンを借り、バンドはそれに乗って3月21日にバージニア州ノーフォークに停車し、ノーフォーク公会堂Norfolk Auditoriumで演奏した。
プロモーターは、ある若者についてカールの意見を聞きたがった。その子は、プロモーターが契約したばかりで、これからプロデュースすることになっており、オートバイ事故で左足を損傷した後、海軍を除隊になったジーン・クレドックGene Craddockだった。
カールはその若者とバンドを見て、録音することになっている曲を演奏するのを聞いた。カールはプロモーターに「ブルー・スエード・シューズみたいな曲で、たいしたことは無いが、印象的な昔なじみの曲だ」と言った。それから、カール達は満員の会場を大騒ぎにした後、リムジンに戻ってニューヨークに向かった。翌日の夜明け頃、リムジンの運転手は運転中に眠ってしまい、トラックに追突した。リムジンは4回転してガードレイルを突き破り、橋の横から出て小川に落ちた。ドラマーのフルーク・ホランドFluke Hollandは最初に目を覚まし、カールが後部座席の下に挟まれ、頭が水につかっているのを見つけた。
ホランドはカールをつかみ、安全なところに引っ張り出した。ジェイは首の骨折と内臓損傷、バンドの残りは打撲したものの重症ではなかった。トラック・ドライバーは死亡した。カールはけがをして、とりわけ鎖骨が折れ脳震盪になった。ペリー・コモは待たされることになった。カール・パーキンスも同じだろう。