もちろん、エクスクルーシブExclusive recordsもブロンズBronze recordsもモダンModern recordsも独立系レーベルだったが、都会に出現しつつあった黒人ポピュラー・ミュージックという狭い道を選んだ。
それは彼らだけではなかった。ピッツバーグ近郊出身で黒人音楽ファンのアート・ループArt Rupeは数名の共同出資者と一緒にジュークボックス・レコードJuke Box Recordsを設立したが、すぐに買収してスペシャルティSpecialty recordというレーベルに改名した。
ループは10代の時にブルースとゴスペルに傾倒し、一目でセントラル街に惹きつけられた。スペシャルティは即座にストロール街の、ジョー&ジミー・リギンスJoe and Jimmy Liggins、ロイ・ミルトンRoy Milton、パーシー・メイフィールドPercy Mayfieldという、最高の若いブルース・タレント数名と契約し、独自に現代風の変化をとげたゴスペルの一流スターを追い求めた。
初期契約者の中に、ソウル・スターラーズThe Soul Stirrers、プロフェッサー・アレックス・ブラッドフォード、ピリグラム・トラベラーズThe Pilgrim Travelersがいて、LAのシュライン・オーディトリアムShrine Auditoriumの豪華なゴスペル・プログラムには、ゴスペルのトップ・アーティストのほとんど全員が出演していた。
「ザ・ボール・ゲームThe Ball Game」や「ドラッグネット・フォー・ジーザスDragnet for Jesus」など、ワイノナ・カーWynona Carrのゴスペル・ノベルティが売れ、ジュークボックスも好調だった。