3-18.シンス・アイ・ドント・ハブ・ユーSince I Don’t Have You-スカイライナーズ、レニー・マーティンとオーケストラTha Skyliners, with Lenny Martin & The Orch.(ジョー・ロックJoe Rock、レニー・マーティンLennie Martin、ジェームス・ボーモンJames Beaumont、ジャネット・ボーゲルJanet Vogel、ウォルター・レスターWalter Lester、ジョー・バーシャレンJoe VerSharen、ジョン・テイラーJohn Taylor)
58年12月3日録音、58年12月カリコのシングルとして発売:R&B3位、ポップ12位
スカイライナーズは、フリートウッズThe FleetwoodsやパッションズThe Passionsのように、より上品で、より洗練された傾向のドゥーワップを50年代後半から60年代前半に演奏で、バンドスタンド主導の時代とうまがあった系統だった。
しかしこの上品さは「良い上品さ」で、そのため、スカイライナーズの古典的な最初の作品の「シンス・アイ・ドント・ハブ・ユー」は、(白人の)ポップ・チャートよりリズム・アンド・ブルースのチャートで上位になった。
ピッツバーグで結成され、グループはクレセンツThe Crescentsとして始まり、その後チャーリー・バーネット・バンドCharlie Barnet bandのビッグ・ヒット(もちろん「スカイライナーSkyline」から新しい名前をとった。
早い段階で受けたオーディションでは大手レーベル2社に良い印象を与えたものの、「シンス・アイ・ドント・ハブ・ユー」のデモテープは、かなりたくさんから拒否され(そのうちの一つは、13回も『ユー』で終わる歌は決して売れないと言った)、その後小さなキャリコ・レーベルCalico labelが思い切ってやってみた。
2か月後にアメリカン・バンドスタンドAmerican Bandstandに出演したことで、この曲の将来が保証され、言うまでもなくこの曲自体の質に感心したエムシーのディック・クラークDick Clarkは、グループとマネジャーのジョー・ロックJoe Rockがこの曲を書いてから1年も経っていないのに、古くからあるスタンダードだと軽率にも言ってしまった。この曲がこんなにも成功したのはちょっと不思議だ。リード・シンガーのジミー・ボーモントJimmy Beaumontは、数多くのソロの曲を含めて、その後無数のリリースをして証明したように、この時代のベスト・ボーカリストだった。
ソプラノのジャネット・ボーゲルJanet Vogelは驚くべきハイC(高いハ音)のフィナーレに貢献したが、この最後は、グループが練習中に、ボーゲルはテープが止まったと思って、冗談で面白い終わり方をした。
ハーモニー――とグループは、その後のリリースでは5パートのボーカルで自由に歌っている――は引き締まっていて滑らかで、管弦楽法はプロ(約18人のミュージシャンを使った)の演奏によるものであり、曲自体は自然なポップ・ヒットだった。
スカイライナーズは、他の方向に進む前にキャリコでたくさんのヒット(「ディス・アイ・スウェアThis I Swear」、「ペニーズ・フロム・ヘブンPennies From Heaven」、「イットゥ・ハップンドゥ・トゥデイIt Happened Today」)を出し続けた。
バーモントはしばらくの間ソロとして演奏を続け、今日まで刷新されたスカイライナーズと一緒に(とても見事に)歌い続けている。そして「シンス・アイ・ドント・ハブ・ユー」は、50年代に関するノスタルジックな映画には欠かせなく、その時代を最も強く思い起こす曲の一つだ。