大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝 パート1 第3夜
第3回 2012年3月28日放送
(放送内容)
大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝、今夜はその3夜でございまして、エルビスがロックンローラーとして誕生する、その瞬間について語っていきたいという風に思います。
えー昨晩はエルビスのデビューと言いますかね、最初のレコーディングでありましたところの、マイ・ハッピネス、あの辺のでもレコーディングを中心に聞いていただきましたけれども、ま、バラード・シンガーだったんですね。エルビスはね。とっても歌が最初からうまかった。さて、ここでそろそろ、ロックンローラーとしての本領も発揮しようというのが本日の内容でございます。
で、なかなかエルビスの有名な曲がかからないじゃないかという風に、お考えかも知れませんが、このサン時代に、サン・レコード時代にエルビスの基本形が全部出ているんですね。ま、RCAは、行ってみれば応用編みたいなものなんです。ですから、サン・レコードを語るのがエルビスを語ることになりますし、更にロックンロールを語ることになるというので、サン・レコードを中心に今回は攻めていきたいという風に考えております。で、いよいよロックンローラーとしてのエルビスの本領を発揮するというのが本日の眼目でございます。それでは50分間、ごゆっくり、お楽しみください。
昨晩はほとんどバラード・シンガーのみ、バラード・シンガーという感じですけど、ここで少しブルース的なものにトライするんですね。アーサー・クルーダップのザッツ・オール・ライト・ママ。
じゃあ、オリジナルのアーサー・クルーダップのバージョンを聞いてみましょう。
That’s All Right / Arthur Crudup
確かにエルビスのロックンロールの原点にこの曲はなっていますね。で、ところがこれをレコーディングしたんですけども、なかなか最初からうまくいかなかったんだそうですね。で、最初の頃のレコードになったのではない、最初の方に録音されていたザッツ・オール・ライト、エルビスのバージョンがありますから、それを聞いてみましょう。
That’s All Right (demo) / Elvis Presley <放送されたものではない>
えー、ちょっと、まだ、だから、歌の調子が出ていないというか、バックもまあそうでしょうし、なかなかこの曲をつかみきれてないという感じだったんですが、やって行くうちに段々調子が出てきて、それでレコードのバージョンと相成ったわけです。
That’s All Right / Elvis Presley
えー、1954年の7月19日に、このザッツ・オールライト・ママがシングル盤のA面として発売されたんですね。
これが、まあ、エルビスの、世にいうところのデビュー曲ということになったわけです。この曲の面白いところは、後半のディー・ディー・ディ・ディ・ディ・ディ・ディ・ディ・ディ・ディというオリジナルのアーサー・クルーダップにはありました。でアーサー・クルーダップは、ディー・ディー・ディ・ディ・ディ・ディ・ディ・ディ・ディ・ディだけなんですけど、ディー・ディー・ディ・ディ・ディ・アイ・ニーヂュア・ラブ・アンていうのを足してるんですよ。この人は歌詞を足すんですね。カバーする場合でも。これが、あの、実にエルビス流解釈で、エルビスのものになっているという特徴なんですね。でー、ところが、ザッツ・オール・ライトはシングルでは、まあ、ローカルでちょっとしたヒットはありましたけれども、チャートはされなかったんです。しかし、カントリー業界は新しい試みだということにみんな気がついたんですね。で、マーティー・ロビンス、既に1位の曲が何曲もありましたけれども、デビューして、この時はまだ2年目のシンガーでしたが、彼の6枚目のシングルとして、このザッツ・オール・ライトを選んだんですね。55年に2月に発売された、このマーティー・ロビンス版のザッツ・オール・ライト、これは7位まで上がりました。
That’s All Right / Marty Robbins
という風にマーティー・ロビンス流に解釈していたんですけど、なかなかこういうブルースをカントリーにするっていう、まあ、いろいろあったとは思うんですが、やっぱりエルビスの解釈をマーティー・ロビンスがとっていたということで、マーティー・ロビンスは、この後ロックンロールをたくさんカバーするんですね。ということで、やっぱりカントリージャンルも、こういうようなエルビスが登場したことに注目していたということになると思います。で、ザッツ・オール・ライトのB面には、ブルー・ムーノブ・ケンターッキーというビル・モンローという大御所がいます。ま、日本でいえば北島三郎さんのような方ですね、ビル・モンロー。で、その中のブルー・ムーノブ・ケンターッキーという大名曲です。北島さんでいえば「与作」とか、そういう代表曲なんですよね。そのブルー・ムーノブ・ケンターッキーの大御所、ビル・モンローのバージョンを聞いてみましょう。
Blue Moon Of Kentucky / Bill Monroe
えー、そういう、ビル・モンローのケンタッキーですけど、エルビスがこのワルツスタイルで歌うわけはないんですね。えー、どういう風にエルビスは解釈したのかというのを、最初のバージョンを聞いてみましょう。
Blue Moon Of Kentucky(demo) /Elvis Presley <ラジオで放送された音源でない>
おそらく、この声は、プロデューサーのサム・フィリップスだと思うんですが、でー、感動したんでしょうね。「いいなあ、これは、ポップソングじゃないか」という風に入って来てて、まー、おそらく、遊びでやってたんじゃないかと思うんですけども、でも、まあ、恐れを知らないというか、大御所のワルツをシャッフルにしてるわけですからね。
で、じゃあ、このままレコーディングしたかというと、そうじゃないんですね。で、エルビスはこれをもっとアップ・テンポにするんです。で、その時にロックンロールが誕生しました。
Blue Moon Of Kentucky/Elvis Presley
えー、これは、オリジナルのビル・モンローはびっくりしたでしょう。例えば、だから、ブルー・ムーノブ・ケンタッキーのワルツは、「よさくはきーをきるー」、みたいな感じでしょう。でー、シャッフルだと、「よさく、よさくはーきーをきるー、じゃかすん、へいへいほー、じゃかじゃん」でしょ。これはもう「よさくー、じょんすたんすたん、よさくー、よさくーはきーをきる、よさくはきーをきる―、どんだらだん、どんだららん」いう風なんでしょ。ですから、これは大改革なんですよ。発明ですよ。エルビスの。ところがエルビスのかわいいところは、ビル・モンローは、あの、どう思ってんだろうかと気にしてたっていう話がありますね。ところが、ビル・モンローも太っ腹というか、このエルビスのアップ・テンポ・バージョンで録音してるというかね。まあ、この辺がアメリカの先輩後輩の麗しいところじゃないかという風に思うんですけども。これでロックンロールの誕生と言ったのには、あの、声にエコーがかかってましたよね。あの、フィードバック・エコーっていうやつなんですけども、どういうものかというと「あ、あ、ああ、おおたごじゃーーー、うっほっほ・・・」えー、懐かしの遠藤響子ちゃんが出てまいりましたけども、これは1982年ですからねー。もう、ジャスト30年前ですか。笛吹童子ショーという私のショーをやったんですけども、その時にフィード・バック・エコーについて解説したんですね。その一部分ですけども。そのブルー・ムーノブ・ケンタッキーは、サム・フィリップスが声に深いフィード・バック・エコーをかけたんです。これは前後にないんです。こんなに声にかけたっていうのは。これがそのあと、このフィード・バック・エコーをかけて歌うのがロックンロールなんだという風なスタイルになったんですね。ですから、これはもう一つのロックンロールの誕生、エルビス・ロックンロールの誕生の曲だったという風に言えると思います。で、先ほど言いましたシングルのザッツ・オール・ライト・ママのB面にこれを入れて発売したんですが、チャートされなかったんですね。でー、2枚目のシングルをどうしようかというようなことで、また録音を始めます。で、また、本来のバラード・シンガーに戻るというか、バラードが好きなんですね。で、選ばれた曲は、これも名曲中の名曲、ロジャーサンド・ハーツ(Richard Rodgers and Lorenz Hart)のブルー・ムーンです。
Blue Moon (demo) /Elvis Presley <NHKで放送された音源でない>
えー、このブルー・ムーン、ずっと後で聞いたんですけど、びっくりしたんですよ。エルビスにこんなファルセットがあったとは。というのもオリジナルで、ファルセットをフィーチャーした曲というのも、僕は覚えがないんですよ。で、ファルセットになりそうなところも地声にして歌ったりしてるというのが特徴で、エルビスは、裏声、ファルセットがない人なのかなという風に思ったんですが、あるんですよね。ま、どうして封印してしまったのか。封印したわけじゃないんでしょうが。まーどうしたのかなと思ったのか、ま、とにかく、その幅がすごいですよね。で、ブルー・ムーン、だれのバージョンを聞いていたのかなと思ったんですが、メル・トーメが歌ってますから、それ聞いてみましょう。
Blue Moon/ Mel Torme
んー、エルビスのファルセットはどこから来たんでしょうね。まー、どちらにしてもメル・トーメとか、エディ・フィッシャーとか、クルーナーもエルビスは大好きなんですよね。
続いてこの54年8月にブルー・ムーンに続いて録音されたのがトゥモーロウ・ナイトという曲です。えー、これも戦前の古い曲なんですけども、これを聞いてみましょう。トゥモーロウ・ナイト
Tomorrow Night / Elvis Presley
えー、この頃まだヒット曲が出てない頃なんですね。それでも、この歌い方はほんとにずっと、この後もずーとこのままなんですよね。サン・レコードに残されてる歌を聞きますと、あの、歌はそのあとも全く変わってないんですね。で、バックの演奏がだんだん変わって行った。まー、エルビスも徐々にアップ・テンポに関しては変わって行くんですけども、バラードはね、ずーと同じですね。で、これは古い曲なのでいろんな人が歌ってるんですけど、ロニー・ジョンソンのバージョンを聞いてみましょう。
Tomorrow Night / Lonnie Johnson
んー、間違いなくロニー・ジョンソンのバージョンを取ってますね、エルビスはね。で、エルビスの声が甘いので、クルーナー的にも聞こえますしね。えー、それは何と言ってもね、声なんですよね。さて、ブルー・ムーン、トゥモーロウ・ナイト、???と3曲録音はしてみたんですけど、第2弾シングルには相応しくないということになりまして、また、9月に録音をやるんですね。
えー、で、最初に選ばれた曲は、アイ・ドント・ケア・イフ・サン・ドント・シャインという、まー、太陽が出なくても構わない、という曲なんですね。でー、これは男性歌手がたくさん歌っていたんですけども、まずは、トニー・マーチンの曲を聞いてみましょう。
I Don’t Care If The Sun Don’t Shine / Tony Martin
えー、これはディーン・マーティンも歌っていて、エルビスはそっちのバージョンを聞いたのではないかという風に言われてます。それではディーン・マーティンのアイ・ドント・ケア・イフ・サン・ドント・シャイン。
I Don’t Care If The Sun Don’t Shine / Dean Martin
えー、この歌をエルビスは、こう歌いました。
I Don’t Care If The Sun Don’t Shine /Elvis Presley
えー、この曲もものすごく歴史的に、ロックの歴史としては重要な曲ですね。でー、この曲のみそはキスがいっぱい出て来るとこですね。まー、何度も何度もキスをしたんだけども、こんな時に数を数えてる奴はいないっていう、まー、歌なんですが。そのキスの表現の仕方というのが、なかなかに面白いと思いました。えー、トニー・マーチンのキスを聞いてみましょう
I Don’t Care If The Sun Don’t Shine · Tony Martin
ということで、やはり上品ですよね。で、ディーン・マーチンはもうちょっと色っぽいんですよ。
Dean Martin – I Don’t Care If The Sun Don’t Shine <NHKで放送された音源でない>
で、キッスン・キッスンて、ちょっとこう、長い感じが出てるんですね。で、エルビスはどう歌ってたかというと
Elvis Presley – I Don’t Care if the Sun Don’t Shine<放送された音源とは異なります>
えーその、キスの情熱度合いが違いますね。さらに、ここで物凄く重要なところがあるんですけども、オリジナルにない歌詞があるんですよ。この、ワン・キス・フロム・マイ・ベイビー・ドール・メイクス・ミ・ハット・モー・モー・モー・モーっていう、これが無いんですよ。前にも言いましたけど、エルビスっていうのは歌詞をつけるんですよね。だからもう、ほぼこれ、作曲なんですよね。で、こういう風にこの曲のキスの表現で、直接的なセクシュアリティーを持ち込んだんですよね。これもロックの誕生の一つのエポックだと思いましたね。このアイ・ドント・ケア・イフ・サン・ドント・シャイン。で、キスに関しては、この頃にちょっとしたセキセンシティーという意味合いで、象徴的な歌があるんですけども、エルビスが大好きだったクライド・マクファター、ドミノーズからドリフターズへ行ってリード・シンガー、やってましたが、その人にサッチャ・ナイトというヒット曲が出ました。
Such A Night / Clyde McPhatter & The Drifters
えーこういう風に、やっぱりキスが出てきたんですね、サッチャ・ナイト。でー、これを男性シンガー、クライ、とか、ジャスト・ウォーキン・イン・ザ・レインのヒットがありますジョニー・レイも、この曲をカバーしたんです。
Such A Night / Johnnie Ray
このように、このジョニー・レイの情熱的な歌い方をエルビスは影響を受けたようですね。で、これに、アイ・ドン・ケア・イフ・ザ・サン・ドント・シャインのキスのところに、こういう表現方法を持って行ったという分に考えられます。えー、どちらにしても、この辺から段々、表現が直接的になって行ったということですね。まー、それもエルビスの功績の一つだったという風に思います。えー、続いてこれも古い曲で、ジャスト・ビコーズをカバーしました。
Just Because /Elvis Presley
アップ・テンポは段々調子が出てきましたね。この曲はたくさんの人がカバーしてますがシェルトン・ブラザースを聞いてみましょう。
Just Because / The Shelton Brothers
全くもうエルビスの歌と同じ曲とは思えませんけど、この時に特徴的なのは単語を繰り返すんですよ。例えば、ロング・タイム・ア・ゴウなんて、ロホング・タハイム・ア・ゴホウンていう風に。ジャスト・ジャスト・ビコーズという風に、あのー、言葉を繰り返すんですね。後にたくさん出て来る歌唱法ですけど、もう、ジャスト・ビコーズの辺りで、出来上がりつつあるという感じです。このノリで行われた録音が次の録音なんですが、オリジナルをまず聞いてみましょう。作者のロイ・ブラウンからです。
Good Rockin’ T0nighi/Roy Brown
えー、オリジナルのロイ・ブラウンのバージョンですけれども、ヒットしたのは、ワイノニー・ハリスのバージョンの方が大ヒットしました。グッド・ロッキン・トゥナイト。
Good Rockin’ Tonight/Wynonie Harris
えー、エルビスとしては、初の本格的なR&Bのカバーということになりましたけれども、このグッド・ロッキン・トゥナイトを、乗りに乗ってるエルビスは、このように解釈したのでございました。
Good Rockin’ Tonight / Elvis Presley
もう―凄いロックンロールですねー。55年というと、ビル・ヘイリーがクレージーマン・クレージーに続いて、シェイク・ラットル・アンド・ロールをヒットさせていた時ですけども、それ以上にR&Bのロックンロール解釈、もうエルビスがこれでできているんですね。
えー、これで自信をもって、このグッド・ルッキン・トゥナイトをA面、先ほどの、アイ・ドン・ケア・イフ・ザ・サン・ドント・シャインをB面にして2枚目のシングルとして発売しました。えー、チャートされませんでした。んー、まだ時代が追い付いて無いっていう表現をこういう時にするんでしょうね。でー、9月、54年の9月にこのシングル盤を出しました。で、この10月にカール・パーキンスが、最初の録音ですね、ホンキー・トンク・ベイブ、これを録音しました。
で、12月にこのサン・レコードへジョニー・キャッシュがやって来まして、ジョニー・キャッシュが録音します。
えー、ちなみにジョニー・キャッシュという人は、全シングル、チャートに、カントリー・チャートに入れた人で、両面ヒットもものすごく多い、多かった人ですね。デビューからずーとヒットしてた人でした。
大瀧詠一のアメリカンポップス伝、その第3夜は、エルビス、サン・レコード時代の第2部、パート2をお送りいたしました。54年の7月にザッツ・オーライト・ママ、それから9月にグッド・ルッキン・トゥナイトとシングルを2枚発売したんですけど、チャートされませんでした。えー、そうこうしてるうちに、サン・レコードにはカール・パーキンスとかジョニー・キャッシュというようなニュー・カマーが続々と登場するという、えー・そういう時代になっていたわけでございます。えー、しかし、この頃にライブ活動を始めたんですね。えー、人気が出てきたんです。明日はそのライブ演奏の模様から聞いていただきたいという風に思いまして、明日もサン・レコード時代が続きます。エルビス、サン・レコード時代のパート・スリーを明日はお送りいたします。それではまた明晩。