ロックンロールの歴史 381

 

メディアはエレキ・ミュージックに目覚めたようだ。ロンドンでは、アレクシス・コーナーズ・ブルース・インコーポレーティッドAlexis Korner’s Blues Incorporatedがオックスフォード・ストリートの名門ジャズ・クラブ、イーリング・クラブthe Ealing Clubやマーキーthe Marqueeで毎週演奏し、BBCラジオが7月12日の番組ジャズ・クラブJazz clubにアレクシスが出演する件で連絡してきた。

R&B FROM THE MARQUEE (+ 4 BONUS TRACKS) (180G LP)/ALEXIS KORNER'S BLUES INCORPORATED/アレクシス・コーナーズ・ブルース・インコーポレイテッド|OLD ROCK|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.netEaling Club : London Remembers, Aiming to capture all memorials in London

Alexis Korner's Blues Incorporated - R&B from the Marquee (1962) - MusicMeter.nlBest of British Jazz From the BBC Jazz Club, V... | AllMusic

それはマーキーの夜の公演だったので、ライアン・ジョーンズ&ヒズ・バンドBrian Jones and his bandがその晩の仕事をとれるようにアレクシスが頑張り、ロング・ジョン・ボルドリーズ・カンサス・シティ・ブルー・ボーイズLong John Baldry Kansas City Blue Boysが前座を務めることになった。

The Stones and Brian Jones – The BrattleLong John Baldry Broadcasts 1964-68 2CD R

彼らには大至急バンド名が必要になったので、マディ・ウォーターMuddy Water の「マニッシュ・ボーイMannish Boy」から頂いたのだが、この曲でマディは「オー、アイム・ア・ローリン・ストーン!」と叫んでいる。

Muddy Waters - Mannish Boy Lp [Vinyl LP] [VINYL] - Amazon.com MusicMannish Boy - Wikipedia

Muddy Waters - Mannish Boy (Audio)

ブライアンはローリンthe Rollin’ を名前の一部にしたかったが、代理出演を報じたディスク誌Discも、マーキーの広告もそのバンド名をローリング・ストーンズThe Rolling Stonesと綴ったので、それに屈した。

ディスク・アンド・ミュージック・エコー 1963年10月12日 イギリスポップ新聞 ビートルズの表紙

ブライアンはマーキーの宣伝が、ミック・ジャガー&ローリング・ストーンズMick Jagger and The Rolling Stonesとなっていたので不満だったかもしれない。

Learning to love the 'Mike'* From the very first Rolling Stones recording session in January 1963 : r/rollingstones

しかし、ジョージ・マーティンは自分のプロデュースしている新バンドを、ジョン・レノン&ビートルズJohn Lennon and The Beatlesか、ポール・マッカートニー&ビートルズPaul McCartney and The Beatlesに改名しようとしていたのだから、同じようにこのイギリスの伝統に立ち向かっていたわけだ。

この日、サー・ジョージ・マーティンは1926年1月3日に生まれました。音楽をより高いレベルに革新した男、お誕生日おめでとう! : r/beatlesジョージ・マーティン・ボックス・セット - オムニバス

この晩のバンドは、ジャガーJagger、リチャーズRichards、ジョーンズJones、ディック・テイラーDick Taylor、イアン・ストゥワートIan Stewartで、ドラムはミック・アボリーMick Avoryだった。

Viaje en el tiempo | 1962. Querida #ComunidadStone hoy 12 Julio, pero muchos años atrás, la mejor banda del mundo hacía su 1er show., 📍 ¿Dónde? Londres., 🎶 ¿Quienes?, Mick Jagger, Keith Richards, ...

誰もその晩のことをほめて書き立てなかったようだし、そう書くわけはないだろうが、バンドは盛り上がった印象を持った。間もなくして、ミック、ブライアン、キースはチェルシーの中で当時、エディス・ロード102番地のアパートをシェアした。

Edith Grove, where the Rollings Stones lived - August 1962: Mick and Brian move into an apartment on 102 Edith Grove in the Chelsea area, London. Keith joins them shortly afterwards!!!!! SoLondon: Edith Grove 102 and Why the Rolling Stones Still Live There - Maxazine.com

その後ロンドンの中でもかなり低所得向けの地域でジェームス・フェルジJames Phelgeと一緒に住んだが、その人のことを彼らはなぜか「ナンカーNanker」と呼んでいた。

Phelge's Stones by James Phelge (1998, Paperback) Signed Copy! - Rolling Stones

彼らは角にあるウェザービー・アームスthe Weatherbe Armsというパブで練習していた。ライブの仕事がなかったので住むところがあって幸いだったが、マンハグ・ブルース・バンドThe Mann-Hugg Blues band(ポール・ジョーンズPaul Jonesと名乗って演奏していたポール・ポンドPaul Pondと一緒だった)やブルース・バイ・シックスBlues By Sixというグループにはライブの仕事があった。

Manfred Mann & Mike Hugg Discography: Vinyl, CDs, & More | Discogs

彼らはチャーリー・ワッツCharlie Wattsに加わってほしいと懇願していて、ほとんどの時間をドラマー抜きで練習していたが、当人は慎重だった。

Charlie's Good Tonight: The Life, the Times, and the Rolling Stones: The Authorized Biography of Charlie Watts – The Story of Rock's Most Celebrated ...

バンドは評判が悪かったが、その主な理由はブライアンが突拍子もない行動をとるからで、ジャズ界は彼らの見た目が汚く、だらしないことを非難していた。