電気製品メーカーは、高価だったり複雑な部品がないが、それでも優れた音の出る家庭用ステレオ装置を競って生み出し、この産業の別の分野ではアンペックスAmpexやマグネコードMagnecordなどの会社が、レコードのスクラッチ・ノイズや摩耗に注目し、本当に純粋な音は直接テープに録音されるので、レコード会社は音楽をリリースするための別の方法として、録音済みテープを検討し始めた。




大量販売する廉価版レーベルの集団が登場し、ポピュラー音楽の模造品や、安価にリースされた東ヨーロッパのオーケストラによる(必ずしもひどくはないが)クラシック・アルバムを売ったりした。前年の業界調査によると、売り上げで初めてLP(600万枚超)がシングル(500万枚未満)を上回り、アーティストによっては、すでに成功したシングル盤を中心にアルバムを作るという昔からの慣習を取らず、先にアルバムをリリースし、その後アルバムにある曲をシングルにする者もいた。そして大人のお客は、シングルよりもアルバムを好むという結果が注目された。
誰もが神経質になっていたのは、もちろんペイオーラ聴聞会であって、ワシントンの連邦通信委員会とオリン・ハッチOrrin Hatch上院議員監視委員会の聴聞会を別々に開く準備をしていて、政府が最初に落とした爆弾は予想されていたが、スケジュールには入っていなかった。

エルビス・プレスリーElvis Presleyが少し早く除隊し、事態が突然変わったのだ。実は、エルビスがドイツからアメリカに戻る旅が始まった時に、面白いことが起こっていた。陸軍は最後の記者会見を開いたが、それは台本がきちんと用意されたもので、エルビスが話をすることになっていた。しかし、その通りにはならなかった。軍テレビ放送でイベント報道担当に任命された女子航空隊大尉は事態が進むのを待ち、ドアのそばのバーでコーヒーを飲んでいた。「突然ドアがパッと開いたの、そしてすぐそばにエルビスが・・・。私は『はい、ハニー』と言ったわ。」とても将校らしくない振る舞いだったが、彼女はマリオン・ケイスカーMarion Keiskerで、エルビスを発見したと言ってもよい人だった。
「マリオン!」とエルビスは言った。「ドイツにいたのか。しかも将校だなんて!僕はどうしよう?キスしようか、それとも敬礼しようか?」彼女は、「その順番でやって」と答え、ハグした。広報将校はびっくりして、マリオンに下がりなさいと命じた。ケイスカーの記憶によると、「ついにエルビスは除隊になり、私のところにやって来てこう言ったの。『大尉、あなたは誤解している。あなたがいなければ、今現在、こういうことにはなっていなかったでしょう。』大尉は『女子航空隊大尉がいなかったらということ?』と聞き、エルビスは『そう。話せば長くなるけど、最初から女子航空隊大尉だったわけではないでしょ』と答えた。」
記者会見の後、エルビスは飛行機に乗ってマクガイアー空軍基地McGuire Air Force Baseに飛び、降りたところで写真撮影のポーズを取り、もう一つの記者会見に臨んだ。
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今度はナンシー・シナトラNancy Sinatraがエルビスに、父親からのプレゼントであるドレス・シャツの箱を渡すのだが、エルビスはフランク・シナトラのタイメックス・スペクタキュラー・テレビ特番Timex Spectacular TV specialを、1か月後にマイアミのフォンテンブロー・ホテルthe Fontainebleau Hotelで録音することになる。
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翌3月5日、プレスリー軍曹はマクガイアーに隣接するフォート・ディックスFort Dixに赴き、旅行、衣服、食料のための除隊手当109.54ドルの小切手を受け取った。


パーカー大佐はそこにいて騒ぎ立て、エルビスがその小切手を大佐に渡すとリムジンに乗り込み、翌日ニューヨークでもう一度記者会見をするとメディアに言い残して、吹雪で埋まった雪道をニュージャージー・ターンパイクまで爆走し、メディアの一隊が後を追った。大佐は記者会見などするつもりはなく、エルビスの仲間たちとトレントンにあるホテルで一泊し、翌日、専用車でワシントンまで行き、テネシアンというメンフィス行き定期列車に連結された別の専用車に乗りメンフィスへ向かった。
