ハートランドにおける黒人の声 3

一方、ナッシュビルはハンク・ウィリアムスHank Wiiliamsの現実路線を歓迎した。

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1949年から事情は変わってきたのだが、この年、フロイド・ティルマンFloyd Tillmanの「スリッピング・アラウンドSlipping Around」が、マーガレット・ホイッティングMargaret Whitingとジミー・ウェークリーJimmy Wakelyのデュオと、アーネスト・タブErnest Tubbの2組によってレコーディングされ、両方のレコードともカントリー・チャートの第1位になった。

SLIPPING AROUND FLOYD TILLMAN 1949 SHEET MUSIC SHEET MUSIC 268 - SLIPPING  AROUND FLOYD TILLMAN 1949 SHEET MUSIC SHEET MUSIC 268 - Amazon.com Musicマーガレット・ホワイティング & JIMMY WAKELYの「The Best of Margaret Whiting & Jimmy Wakely」をApple  Musicで

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画期的なレコードは、ハンク・トンプソンHank Thompsonの1952年の大ヒット曲「ザ・ワイルド・サイド・オブ・ライフThe Wild Side of Life」で、バーでガールフレンドに失恋することを嘆く詩だが、その子はドリンク一杯の金を払えばだれの恋人にもなるのだった。

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すぐにキティ・ウェルスKitty Wellsが「イット・ワズントゥ・ゴッド・フー・メイド・ホンキー・トンク・エンジェルIt Wasn’t God Who Made Honky Tonk Angels」というアンサー・ソングで、そうなったのは男の不品行のためなのに「女のせいにする」と非難した。

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それからウェブ・ピアスWebb Pierceがやって来て自分の「バック・ストリート・アフェアBack Street Affair」を語り、1953年には、「ゼア・スタンズ・ザ・グラスThere Stands the Glass」で、自分の悲痛と悲惨を拭い去る酒を称賛し、「今日の一杯目だ」と認める。

Back Street Affair by Webb Pierce on Amazon Music - Amazon.comValentino Of The Hobos / There Stands The Glass - Webb Pierce | 7inch |  Recordsale

ナッシュビルは殺伐としてきて悪事と酒を歌い、それがカントリーの主要テーマになったが、ブルースのアーティストたちは1920年代から自分たちのことについて歌ってきた。しかし、そんなレコードをティーネージャーに売ることにはならなかった。
インストゥルメンタルに熱中していたわけではないが、ジミー・フォレストJimmy Forrestの「ナイト・トレインNight Train」、イリノワ・ジャケットIllinois Jacquetの「ポート・オブ・リコPort of Rico」、カウント・ベーシーCount Basieの「パラダイス・スクワットParadise Squat」、ジョニー・ホッジスJohnny Hodgesの「ア・パウンド・オブ・ブルースA Pound of Blues」といった名曲が出てきて、そのほとんどがリズム・アンド・ブルースに手を染めているジャズ・アーティストだった。

Night Train (Jimmy Forrest composition) - WikipediaIllinois Jacquet And His Orchestra – Port Of Rico (Vinyl) - Discogs

Count Basie – Paradise Squat (1982, Gatefold, Vinyl) - DiscogsDance with johnny hodges : sideways - a pound of blues - who's excited -  sweepin' the blues away by Johnny Hodges, EP with magnife - Ref:114997229

しかし、1952年最高のレコードの一つがリトル・ウォルターのハーモニカのインストゥルメンタルで、マディ・ウォーターズMuddy Watersのバンドの舞台で、よく最初に演奏する曲だった。マディはこの曲を「ユア・キャット・ウィル・プレイYour Cat Will Play」と呼び、ある日のレコーディング・セッションでさっとできた。

Muddy Waters/The Best of Muddy Waters 1948-56

レオナルド・チェスLeonard Chessは曲名を「ジュークJuke」に変え、ウォルターWalterの名前でリリースしたところヒットした。

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ルイジアナをツアーしていると、この曲が飛ぶように売れていることを知り、ツアーの途中でマディ・ウォーターズを辞め、自分自身のバンドを結成するためにシカゴに戻った。結成は難しくなく、別の若いハーモニカ奏者のバンドのエーシスthe Acesを引き継いで、名前をジュークスthe Jukesに変えた。ハーモニカ奏者のジュニア・ウェルスJunior Wellsを置き換えてマディのバンドに参加させた。

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シカゴではこれがうまくいくやり方だった。マディのバンドは非公式にはヘッド・ハンターズthe Headhuntersとして知られていたが、その理由は、町に新しい才能あるのがいると聞くと、その噂が本当かどうか聞きに行き、マディがバーで飲んでくつろぎながら競争させる。もし新人がマディのメンバーに勝てば、ライバルと交代に招かれることがある。そして、よくあることだったが、マディのバンド・メンバーが勝ったときは、マディ・ウォーターズが丸10年成功者だったことを再認識することとなった。しかしここでチェスは、二人の大物の全国的ブルース・スターを獲得した。

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