ロックンロール前夜のブルース、ドゥーワップ、ムーンドッグ 7

デトロイトのストロール街におけるもう一人の住人は、北ミシシッピ州出身で読み書きのできない自動車工のジョン・リー・フッカーJohn Lee Hookerで、ルース・ブラウンRuth Brownの音楽とは全く異なっていた。

JOHN LEE HOOKER (ジョン・リー・フッカー) - Boogie With John Lee Hooker (UK Ltd.Moルース・ブラウンの「The Essentials: Ruth Brown」をApple Musicで

ジョンの飾り気のない昔ながらのブルース(彼の多くの曲は1コードのみだった)は、伴奏がギターしかなく、彼のような南から離れ北へ働きに来た黒人に受け入れられ、唯一都会の環境に譲歩したのは、彼が演奏する相手である群衆よりも大(きな声が出るようにするのに使ったエレキギターだけだった。1949年、ジョンが雇ったマネージャーが2曲のデモをロサンゼルスのモダン・レコードModern Recordsに送ったところ、ラベルだけ内容に正しく合わせて、そのままリリースしたのが、ジョン・リー・フッカーと彼のギターJohn Lee Hooker &His Guitarの「ブギー・チルンBoogie Chillen」だった。

John Lee Hooker & His Guitar – Sally May / Boogie Chillen' (1948, Shellac)  - DiscogsJohn Lee Hooker – The Boogie Man (2006, CD) - Discogs

このレコードは、基本的に一人が一つのギターで1つのコードで演奏し、たいしてボーカルに力を入れていたわけでもなかったが、戦後社会が洗練されたにもかかわらず、受け入れられた。ヒットした。
モダン・レコードModern Recordsのビハリ兄弟the Bihari Brothersは、これがトレンドではないかと思い、ゴールド・スター・レコードGold Star Recordsでかなり昔風の曲をレコーディングしたヒューストンのブルースマンであるサム・ライトニン・ホプキンスSam “Lightnin’” Hopkins(こういう名前になったのは、彼の初期レコーディングの数曲にはピアニストの「『サンダー』・スミス”Thunder” Smith」がいて、サンダー・アンド・ライトニンThunder and Lightnin’が演奏者の良い名前になると勧めたからだ)のマスターを選抜した。

RIP: Joe Bihari, co-founder of Modern Records « The Louie ReportGold Star Studios レーベル | リリース | Discogs

A00498436/LP/ライトニン ホプキンス SAM LIGHTNIN HOPKINS The Rooster Crowed In England  77LA-12-1 カントリーブルース テキサ(ブルース)|売買されたオークション情報、yahooの商品情報をアーカイブ公開 -  オークファン(aucfan.com)ライトニン・ホプキンスの「The Gold Star Sessions, Vol. 1」をApple Musicで

ホプキンスには、ゴールド・スター・レコードで2曲のローカルヒット(「ケイティ・メイKatie Mae」、「ショート・ヘア―ド・ウーマンShort Haired Woman」)があったが、モダン・レコードModern recordsの発売したレコードは、「ティム・ムーアズ・ファームTim Moore’s Farm」という曲で、当時テキサスのブルースマン数人に人気があった、黒人労働者を虐待することで有名なグライムズ郡の実在する農家の歌だった。

ライトニン・ホプキンスの「Katie Mae (The Aladdin Singles 1946-1947)」をApple MusicでLIGHTNING HOPKINS Short Haired Woman - YouTube

Lightning Hopkins – Tim Moore's Farm / You Don't Know (1948, Red & Yellow  Labels, Shellac) - Discogs

その男の本名はトムだったが、この話は誰もが知っていて、全国のジュークボックス得意客に売り込むのはたやすかった。フッカーとホプキンスの共通点は、ソロの芸人であるということと、金を払ってくれる人相手なら途方に暮れるほどたくさんの名前を使ってレコーディングするのを慣行としていたことだった。
この時点では黒人ポピュラー音楽において、エレキギター演奏者はあまり目新しくなかった――ティーボーン・ウォーカーT-Bone Walkerは1930年代にヒットさせていた――が、必要最低限のものだけで演奏するカントリー・ブルースは、確かに変わった流行だった。

Amazon | モダン・ブルース・ギターの父 | T・ボーン・ウォーカー, T・ボーン・ウォーカー | ロック | ミュージック

ジュールとソール・ビハリJules and Saul Bihariは、1950年代半ばにメンフィスでタレントを探す長期招待を受けることを決め、WDIA(『黒人の母なる放送局』と言われ、経営者は全員白人だが、放送スタッフは全員先駆的な黒人だった。)を訪問している間に、放送局でポピュラー番組を持っているギタリストのライリー・キングRiley Kingによるデモを聞いた。

Record Labels A-M - www.706unionavenue.nl

B.B. King/ The Life Of Riley Soundtrack - メルカリ

彼はプロとしては、(ブルース・ボーイBluse Boyの頭文字をとって) B.B. Kingとして知られていて、生まれ故郷のミシシッピ州イッタ・ベナからメンフィスに来た時から、音楽ファンには強い印象があり、ギターを南京袋でいろいろなものから守っていた。キングは既にナッシュビルのバレット・レコードBullet Recordsからレコードを出していたが大して売れず、純粋な音色を出し、とめどもなく独創的なアイデアでブルース・ギターを弾く偉大なシンガーを見い出したので、すぐにスタディオに連れていくことを決めた。

B.B. King – Miss Martha King / When Your Baby Packs Up And Goes (1949,  Shellac) - DiscogsB.B King Fan Casting for Genius: Sam Phillips | myCast - Fan Casting Your  Favorite Stories

幸いにも南の大都市と異なり、メンフィスには全く新しく技術面で最新の、素晴らしいサウンドのスタディオがあった。必要なことは、ただ、バンドを集め、キングをユニオン・アベニューに連れてきて数曲録音することだけだ。サム・フィリップスSam Philippsは準備万端だ。

Sam Phillips | Memphis Music Hall of Fame

サムは、the Memphis Recording Serviceを順調にスタートさせるために、たくさんの曲を試し、今度は全国トップのリズム・アンド・ブルースのレーベルが、この都市の有名人の一人のレコーディングを依頼している――しかも、サムが提案するほかの一切の案件について第一専買権を申し込み、それにはかつてサムを後押ししてくれたジョー・ヒル・ルイスJoe Hill Louis、ハーモニカ演奏者のビッグ・ウォルター・ホートンBig Walter Hortonがおり、他にも結局モダン・レコードModern recordsに入った人がいた。

Memphis Recording Service (2) レーベル | リリース | Discogs楽天ミュージック | アルバム | Joe Hill Louis 「Joe Hill Louis - Music History」

Amazon | Blues Harmonica Giant | Horton, Big Walter | 輸入盤 | ミュージック

しかし、キングは何ももたらさなかった。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。