ロックンロールの歴史 この世の終わりー4

アメリカでは黒人音楽が急速に変わって(まだ黒人音楽を探してレコード店に群がるイギリス人が経験していないこと)いるところであり、ガール・グループの曲とともに、もっと洗練された曲がしっかりとベテランと新人から生まれてきた。(ドリフターズthe Driftersの堂々とした「オン・ブロードウェイOn Broadway」は、バリー・マンBarry Mann、シンシア・ワイルCynthia Weil、ジェリー・リーバーJerry Leiber、マイク・ストラーMike Stollerが作り、トップテナーはリーバーとストラーがプロデュースした。

Marv Goldberg's R&B Notebooks - THE LATER DRIFTERSThe Drifters – On Broadway (CD) - Discogs

Amazon | プライヴェート・トレジャーズ | バリー・マン&シンシア・ワイル | ロック | ミュージックThe Hit Songs Of Jerry Leiber & Mike Stoller 1952-62

この二人が同様にプロデュースしたジェイとアメリカンズJay and the Americansは、フィラデルフィア出身ではなかったが、家賃を払うためには『良い音楽』をやった方が良さそうだと思った。

Jay & The Americans – At The Cafe Wha? (1963, Vinyl) - Discogs

新人はアーマ・トーマスIrma Thomasの、洗練されてはいるがヒットしなかった「トゥー・ウィンターズ・ゴーンTwo Winters Gone」、ウィルソン・ピケットWilson Pickettとソロモン・バークSolomon Burkeの2つのバージョンによる「イフ・ユー・ニード・ミーIf You Need Me」は両方ともチャート・インしたが、キング・ソロモンKing Solomonの名前の方が上位になった。)

FULL TIME WOMAN - THE LOST COTILLION ALBUM/IRMA THOMAS/アーマ・トーマス |SOUL/BLUES/GOSPEL|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.netWilson Pickett – If You Need Me (1970, Vinyl) - Discogs

SJ-600893 | SOLOMON BURKE + IF YOU NEED ME | キングインターナショナル

ジェームス・ブラウンJames Brownは、すぐに「プリズナー・オブ・ラブPrisoner of Love」で最大のヒットになったが、この曲はほとんど止まってしまうほどゆっくりしていて、弦楽セクションがあり(ブラウンにとっては初めて)、むかついた。

Prisoner Of Love (LP)/JAMES BROWN/ジェームス・ブラウン |SOUL/BLUES/GOSPEL|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.net

自分のしていることを表現する最も良い方法はライブを録音することだったが、キング・レコードKing recordsのシド・ネイザンSyd Nathanは、案の定そんな余裕はないと言った。

Syd Nathan | Rock & Roll Hall of Fame

仕方がない――ブラウンは今度のツアーのために貯めてきた5,700ドルを取り出して、1962年10月24日のハーレムのアポロ・シアターApollo Theaterでのショーの録音に充てた。

アポロ・シアターのチャリティー・コンサートがオンラインで開催 | ARBANアポロ シアター ニューヨーク

しばらくテープの作業に取り組んだ後、キングKing recordsのチーフ・レコーディング・エンジニアのチャック・ザイツChuck Seitzを手伝って、アルバムに集約した。ザイツは白人のソックホップ・ダンスパーティーsock hop dance partyから叫び声と群集の騒音を注入し、まるで見えているかのような時間帯がずーと続いて、埋まっていない空白がないようにした。ネイザンはまだ気に入らなかったが、ブラウンはアセテート盤を作り、DJ達に戦略的に送った。

50s Sock Hop Party | Beginner East Coast Swing — Duet Dance Studio Chicago  | Ballroom Dance in Chicago

影響力のあるフィラデルフィアのジョッキーのジェリー・ブラバートJerry Blavatは、1963年初めのショーでジェームスの楽屋を訪ね、ジェームスから1枚受け取ると、家に持ち帰ってかけ、翌日に放送でかけた。

Frankie Lymon, Jerry Blavat – Jerry Blavat - The Geeter With The Heater  Presents Frankie Lymon's Greatest All-Time Oldies (1963, Vinyl) - Discogs

2枚目のレコードは、アラバマ州モンゴメリーのアリン・リーAllyn Leeで、同じことをしたところ、リクエストの電話がじゃんじゃんなった。

Amazon | Walkin With Mr Lee | Allen, Lee | R&B | ミュージック

アルバムの成功に不可欠なことは、LPの両面にぴったり合うようにショーを2つに分けること以外に、個々のトラックに分けないことだ――そうすれば全部かけなければならない。ネイザンに電話がかかり始めたのだが、ディスク・ジョッキーたちが、なぜレコードを送ってこないか不思議に思い、おかしいんじゃないか?リリースしろ!ということだった。そこで5月にリリースした。「プリズナー・オブ・ラブPrisoner of Love」で興味をそそらせ、「ライブ・アット・ザ・アポロLive at the Apollo」がごちそうだった。若い白人の子たちにとって、町の不慣れな地域の怖いショーに行かずにジェームス・ブラウンJames Brownを経験できる方法でもあったため(ちょうどその頃、そうし始めたのだったが)、アルバムチャートに入り66週間居続けた。ジェームス・ブラウンは成功した。7年かかった。

ジェームス・ブラウン『Live At The Apollo』解説:炸裂したソウル・ダイナマイト

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