ロックンロールの歴史 イギリスⅢー12

エプスタインは忙しい男で、マンフレッド・ワイスレダーManfred Weisslederが、他ならぬリトル・リチャードLittle Richardと費用を折半して11月に2週間戻ってくる件について接触してきた。

Brian Epstein the Beatles manager. October 1963 (Photos Framed Prints Puzzles...) #21336156Manfred Weissleder | ディスコグラフィー | DiscogsLITTLE RICHARD / 1963 / BIRMINGHAM HIPPODROME | Art for Sale | Havill & Travis

リチャードは、名目上は本国アメリカでゴスペルを説き勧めていることになっているが、海外でコンサートをして、食べるために金を稼いでいた。ブライアンはこの年の大みそかを含む最後の2週間、ビートルズを必要としていた。そしてブライアンは、おそらくジョン・レノンの推薦に基づいて、2番目の芸能人として、ビッグ・スリーthe Big Threeとマネージメント契約をした。

The Big Three その3: Music Nostalgia Blog

ブライアンはビッグ・スリーをハンブルグの送ってジェリーとペースメーカーズGerry and the Pacemakersと交代させ、ジェリーたちとマネージメント契約を結んだ。

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ブライアンは大立者になった。そして、ビートルズにドラマーを見つけようとして、仕事を申し出た相手はジョー・ブラウンとブルバーズJoe Brown and the Bruvversのボビー・グラハムBobby Graham(彼は断った)とビッグ・スリーthe Big Threeのジョニー・ハッチ・ハッチンソンJohnny ”Hutch” Hutchinson(同じく断った)だった。

A Picture of You (Remastered) - Single by Joe Brown & The Bruvvers on Apple MusicAny Major Dude With Half A Heart » The Bobby Graham Collection16th August 1962: A Fourth Drummer - Johnny Hutchinson - turns The Beatles Down |

ビートルズ自身はリンゴを欲しがったが、スケグネスにおけるバトリンのキャンプButlin’s campに行っていて不在だったが、スケグネスはスイミング・プールでペットの象がこの夏におぼれたことがニュースになった。

10 Berth Caravan Bankside 21 Butlins Skegness (イギリス インゴールドメルズ) - Booking.comNew-look Butlin's takes the holiday firm back to its roots after a £16m makeover | The Independent | The IndependentRory Storm And The Hurricanes July - September 1960 or 1961 Rock and Calypso Ballroom Butlins Holiday Camp Pwllheli, No… | Ringo starr, The beatles, Richard starkey

ジョンとポールは、実際にはるばる車を運転して現地まで行き、リンゴに話したが、表面上は、何も変化がなかった。9月初めにキングサイズ・テーラーとドミノーズKing-Size Taylor and the Dominoesがハンブルグから戻ってきた時、ドラマーをローリー・ストームRory Stormと交換することをリンゴに申し入れ、リンゴは了承した。

King Size Taylor And The Dominoes – The Fortune Teller (1963, Vinyl) - DiscogsRory Storm And The Hurricanes・・・・ホントにリンゴ・スターのドラム | 洋楽と脳の不思議ワールド

次に、グラナダGranada放送局 がやって来て、8月22日、キャバーンクラブでビートルズを撮影した。いよいよリンゴを獲得する必要がある。

メディアはエレクトリック・ミュージックに目覚めたようだ。ロンドンでは、アレクシス・コーナーのブルース・インコーポレーティッドAlexis Korner’s Blues Incorporatedがオックスフォード・ストリートの名門ジャズ・クラブの、イーリング・クラブEaling Clubやマーキーthe Marqueeで毎週演奏し、BBCラジオが7月12日のジャズ・クラブJazz club番組にアレクシスが出演する件で連絡してきた。

Alexis Korner/Alexis Korner's Blues Incorporated R&B From The Marquee<限定盤>ストーンズ、そしてブリティッシュ・ロックの誕生の地「イーリング・クラブ」特集:ドキュメント映画の公開も決定マーキー・クラブの歴史 - marquee club Japan

マーキーThe Marquee Clubで夜の公演が入っていたので、アレクシスがBBCラジオに出て、ブライアン・ジョーンズと彼のバンドBrian Jones and his bandがその晩の仕事を引き受けなくてはならず、代わりとしてロング・ジョン・ボルドリーLong John Baldryのカンサス・シティ・ブルー・ボーイズKansas City Blue Boysと一緒にオープニングに出演した。

マーキー・クラブの歴史 - marquee club JapanAmazon | AND HIS ROLLING STONES | BRIAN JONES | ロック | ミュージックLONG JOHN BALDRY / Let The Heartaches Begin - 大塚レコードLong John Baldry: Who is? – Queerphonic

彼らには名前がすぐに必要なのでマディ・ウォーターMuddy Water の「マニッシュ・ボーイMannish Boy」からいただいたのだが、この曲でマディは「オー、アイム・ア・ローリン・ストーン!」と叫ぶ。

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代理出演を報じたディスクDisc誌も、マーキーの広告も、その名前をローリング・ストーンズRolling Stonesとつづったので、ブライアンはローリンthe Rollin’を名前の一部にしたかったが、戦いに敗れた。ブライアンはマーキーの宣伝が、ミック・ジャガーとローリング・ストーンズMick Jagger and the Rolling Stonesとなっていたので不満だった(しかし、ジョージ・マーティンGeorge Martinがプロデュースしている新バンドを、ジョン・レノンとビートルズJohn Lennon and the Beatlesかポール・マッカートニーとビートルズPaul McCartney and the Beatlesにジョージが改名しようとしていたので、同様にこのイギリスの伝統に立ち向かっていた)。

George Martin: A Fifth Beatle's Farewell | TIDAL Magazine

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