ロックンロールの歴史 イギリスⅢー4

エプスタインBrian EpsteinはビートルズThe Beatlesをマネージしたいとすぐに思ったが、その件について彼らに近づく方法は、非常に注意深くしなければならないことも分かっていた。

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エプスタインは夜のショーをたくさん見に行き、キャバーンのランチタイムもできるだけ見る時間を作って、マネージメントをしようと考えていることを家族に話した後、11月29日に、マネージメントについて話す会合を設定した。

ビートルズ、最後のキャバーン出演の日! - ビートルズがいっぱい♡

彼は「マイ・ボニーMy Bonnie」を二箱発注し、「ビートルズのレコード、ここで販売」という看板を窓に張ったところ、すぐに完売し、追加発注した。

The Beatles With Tony Sheridan – My Bonnie (1964, Vinyl) - Discogs

数時間後、ついにビートルズがボブ・ウーラーBob Woolerと一緒に会合に現れ、ブライアンはビートルズに、経歴、レコード作成の経緯などを尋ねた。

Amazon | The Best of Fellas: The Story of Bob Wooler - Liverpool's First  D.J., the Man Who Introduced "The Beatles" | Leigh, Spencer | Theory

最後に、うまくいくかどうかを見るために、しばらくマネージャーとして活動することにブライアンは同意し、レコード数枚を持ってロンドンに行って、レコード会社から何らかの反応があるかどうかを見ると言ったが、ブライアンはその会社のレコードをかなり大量に売ったことがあるので、ブライアンの名前はみんな知っている会社だった。ブライアンはアラン・ウィリアムスAllan Williamsとも相談したのだが、アランはブライアンに、書面にしておかないと、アランと同じようにブライアンも騙されると警告した。

B30169 - Allan Williams 1970s Promotional Card (UK) - Tracks

ロンドンで、ブライアンと最も良い関係にあったのはEMIで、同社のマーケティング本部長ロン・ホワイトRon Whiteはブライアンが営業員の時から覚えていて、ネムズNemsを訪問したこともあった。

EMI - WikipediaNEMS Record Shop (Liverpool) | ST33

ロンは会社のA&Rにレコードを見せると約束し、ビートルズとケンプフェルトKaempfert、ポリドールPolydorとの契約書の写しを受け取りドイツ語の話せる同僚に見せた。

Bert Kaempfert – Swing (2000, CD) - Discogsポリドール・レコード - Wikipedia

次の訪問先はデッカDeccaで、同社は礼儀正しかった――デッカの商品をたくさん売りさばいていたので礼儀正しくしないわけはなかった――し、契約書の写しを受け取った。

デッカ・レコード - Wikipedia

それからほかの部門に行くと、そこでトニー・バローTony Barrowと会ったが、トニーはリバプール出身で、デッカでライナー・ノートを描く仕事をするためにロンドンに引っ越してきた。

Tony Barrow, Beatles Publicist Who Coined the Term 'Fab Four,' Dies at 80 -  The New York Times

そして、ディスカーDiskerというペンネームで、リバプール・エコーLiverpool Echoにレコード批評コラムを寄稿していた。できることはし終えたので、ブライアンは寝台車に乗ってリバプールに向かった。12月3日日曜日、ビートルズは来るように言われて、休業中のネムズの扉をたたいたが、ブライアンはそこでクリスマスセールのために働いていた。えーと、3人はいるがポールが行方不明で、ポールの両親に電話すると、起きたばかりで風呂に入っていることが分かり、ブライアンは快く思わなかった。「あのー、ポールは遅れてくるかもしれない。でも、きれいだ。」とジョージは言った。ついにポールが現れて、ブライアンは4人にロンドン旅行の説明をし、ドイツの契約書に規定されていることがはっきりしないと何も進まないと、付け加えた。ブライアンは、この時点でビートルズの出演予約を扱っていたピートとも打ち合わせをして、ピートの知っていることを教えてもらった。ビートルズが一晩15ポンドしか稼いでないことも知って、びっくりしたが、その理由はビートルズがもっと価値のあることぐらい、ショー・ビジネスに精通していたブライアンにはわかっていたからだ。パブが開店したので、彼らはキャバーンの隣にあって、出演した後くつろぐパブのグレープスthe Grapesに移動し、話し合いを続ける中で、ジョンとポールは、たくさん曲を作ったが、今のところ舞台で演奏してはいないと話した。

A walk in the footsteps of The Beatles - Liverpool City Centre

これを聞いたブライアンは、ライブ演奏やレコードと同様に、収入源として儲かると思い、この件をさらに熟考しようと預かった。ビートルズは十分に話を聞き、パブでの話し合いの終わりに、ジョンは「わかった、それじゃあ、ブライアン。僕たちをマネージして下さい。」と言った。

 

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