ロックンロールの歴史 イギリスⅠ 1

古い決まり文句に、ジャズはニュー・オーリンズから出てミシシッピ川を北上しシカゴで落ち着く、というのがありますが、現実にはなかなか当てはまらず、誤った通説のままです。

Itineraries United States: 12 days from Chicago to New Orleans

しかし、ニュー・オーリンズ・ジャズがイギリスに来た時点や、更にはどの船でということも、ある程度正確に特定することができます。ケン・コルヤーKen Colyerは、大酒のみで、マリファナタバコが大好きで、商船カードを持っていたが、大のジャズ好きが高じて、その時に買えた最高のトランペットを買ってしまった。

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ケンは、トランペットを上手に演奏できたのではなく、兄弟のビルBill Colyerと一緒にみすぼらしい戦後イギリスのジャズ・シーンの周りをうろついていて、1930年代から専門店から買ってきたレコードで聞いた曲を、演奏者を目指す人たちが再現しようとしているのを見ていた。ケンは、海に向かい、ニュー・オーリンズへ向かう貨物を載せた船に乗れるように働いた。帰り船が出航するまでに10日かかり、上陸許可が彼の生きがいだということが分かっていた。ケンはモビール(訳者注:米国の地名)に急いで上陸するとグレイハウンドGreyhound駅に向かい、そこで夢の目的地に向かうバスに乗った。そこでケンは、まだあちこちで演奏している古株の何人かを見つけ、その中で最も有名なのがクラリネット奏者のジョージ・ルイスGeroge Lewisだった。

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ジョージは、若いイギリス人が手にトランペットを持ち、静かに音符を指嗾しているのに気がついて、一緒にやらないかと声をかけた。コルヤーは演奏し、聞いていたことが報われたと思った。ケンは概ねバンドと歩調を合わせることができ、それ以降の夜は、バンドと肩を並べ、新メンバーから有益なヒントをもらった。ちょうどその時、警察に捕まった。ニュー・オーリンズでは黒人ミュージシャンと白人ミュージシャンが、同じステージで演奏することを禁止していて、警戒した警官がパスポートを見て、許可された滞在期限をはるかに過ぎていたことに気がついたのだ。ケンは投獄され強制送還を待った。38日間留置場にいた間、コルヤーは自分の兄弟に冒険物語の詳細を記した手紙を出し、それがイギリスのジャズ・マガジンであるメロディ・メーカーMelody Makerに送られ、活字になった。

MELODY MAKER UK MUSIC PAPER APRIL 12TH 1958

保釈金は500ドルに決定したものの、もちろんコルヤーは持っていなかったが、1953年半ば、ちょうど謝肉祭の最終日、マルディグラMardi Grasに間に合って、釈放された。

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彼は24時間、どんちゃん騒ぎをした。「夜明けまで24時間立ちっぱなしだった。」とメロディ・メーカーに書いた。ジョージ・ルイスGeorge Lewisは、バンドと組んでツアーに行く話を持ち掛けたが、コルヤーは強制送還されたニューヨークからのニュースを待っていた。

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最終的に通知が来て、世界最速の豪華遠洋定期船、ザ・ユナイテッド・ステイツthe United Statesに配置されて祖国に帰ることになった。

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ロンドンのウォータールー駅で、サザンプトンからの列車を降りると、兄弟と、ビル・コルヤーが演奏しているバンドのクリス・バーバーChris Barberという名前の小さな子が出迎えてくれた。

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イギリスにおけるジャズファンは1930年代まで遡り、自分たちの聞いたものを真似る試みはお笑い草だが、だからと言って演奏を聴かなかったり、たまにレコードを作るのを止めたりはしなかった。ファンが買うレコードは、選択肢がほんのわずかしかなく、誰が演奏しているかを本当は知らない専門店が発注した輸入品だった。ルイ・アームストロングLouis Armstrongやバンク・ジョンソンBunk Johnson(コルヤーのアイドルだった)は、こうしてニュー・オーリンズとシカゴを通ってきたのだが、ビッグ・ビル・ブルーンジーBig Bill Broonzy、ジョシュ・ホワイトJosh White、ミシシッピ・シークスthe Mississippi Sheiks、レッド・ベリーLead Bellyの録音したレコードだった。

Louis Armstrong And The All Stars* - New Orleans Days (1950, Vinyl) |  DiscogsBUNK JOHNSON 「THE KING OF THE BLUES」: ジャズカバ日記

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このことを聞こうとしても答える知識のある人は全くいなかった。英国音楽家組合は、知恵を働かせて、ほとんどの外国人演奏者のビザを認めず、特に黒人アメリカ人に対して認めなかった。シドニー・ベーチェットSidney Bechetは、1949年に、パリでの一連のコンサートの後、イギリスにこっそり入り、深夜のショーでハンフリー・リットルトン・バンドHumphrey Lyttleton Bandと共演した。

Sidney Bechet And His All Stars* - Petite Fleur (Red, Vinyl) | DiscogsHumphrey Lyttelton And His Band - Jazz With Lyttelton (No. 2) (Vinyl) |  Discogs

このバンドはロンドンのオックスフォード・ストリート100番地に100クラブthe 100Clubという本拠地を持っていたが、この日だけはウインター・ガーデン・シアターWinter Garden Theatreで演奏していた。

London's legendary 100 Club savedThe History of Live Music in Britain, Volume 1: 1950-1967: From Dance Hall  to the 100 Club – Simon Frith, Matt Brennan, Martin Cloonan and Emma  Webster (2013) |

しかしこれは例外であって、イギリスのジャズ・シーンにおいては、往々にして、知識がない人が同様に無知な人を指導することがあるものだ。クリス・バーバーChris Barberは気にかけなかった。この途中、このティーネージャ―のベーチェットはトロンボーンを手に取って演奏の仕方を覚え、バンドからバンドを渡り歩いて経験を積み、その間イギリスの最高のジャズレコードを収集した。

Chris Barbers Jazzband: Hits From The Golden Era : Chris Barber | HMV&BOOKS  online - 232856Sidney Bechet - The Grand Master Of The Soprano Saxophone And Clarinet  (1956, Vinyl) | Discogs

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